インド、ビハール州ブッダガヤ
今朝、マハーボーディ寺院に金色の陽光が差し込む中、ダライ・ラマ法王はカーラチャクラ・グラウンドに向かってガンデン・ペルゲリン（ナムギャル僧院）を出発された。法王は入口からステージに向かって歩みながらしばしば立ち止まり、集まった参加者に手を振って笑顔を見せられた。そしてステージに立って壁際まで満員になった会場を見渡し、参加者全員に向かって手を振られた。法王は法座の近くで高僧方と挨拶を交わされたほか、高僧方や幼い転生活仏方にも目を向けてから着座された。
十数名のベトナム人僧侶と尼僧たちによるベトナム語の『般若心経』読誦の後、バングラデシュの仏教僧院から来た十名の僧侶がパーリ語で『吉祥経』を唱え、最後に韓国の尼僧と僧侶たちによる韓国語の『般若心経』が続いた。今日の灌頂伝授会の施主がマンダラを供養し、仏陀の身・口・意の象徴を捧げた。
法王は、「今日は千手観音の灌頂を授与しますので、私が前行修法（準備の儀式）を終了するまで、皆さんは観音菩薩の六字真言 “オーム・マニ・ペーメ・フーム” を唱えているとよいでしょう」と述べられた。
雨が降ってくると、法王は仏教博士であるゲシェ達に対して壇上に上がり、ご自分の正面に座るよう呼びかけられ、参加者にはなるべく詰めあって雨に濡れないようにと進言された。
「今日、釈尊が悟りを開かれたこの特別な場所で、私達は釈尊とその七人の後継者を思い出しています。ナーガールジュナ（龍樹）とその弟子たち、そしてアサンガ（無着）とその兄弟であるヴァスバンドゥ（世親）などです。私たちは今日でも、これらの偉大な師の著作を通じて仏教の教えに触れることができます」
「現代社会の物質的進歩は目覚ましく、私達の身体の健康や安楽の役に立ちますが、私達の悩み多い心に平安をもたらしてはくれません。幸福とは本質的に内なる心に見出されるものです。私たちは舞台や出し物を見て楽しむことができますが、それが終わったら楽しみもなくなってしまいます。美しい音楽を楽しむのも同様です。感覚的快楽に頼るのではなく、この落ち着きのない心をどうやって鎮めるか、その方法を探した方がよいと思います」
「世界には様々な宗教が存在し、何百年もの間、無数の人々の助けとなってきました。この世の創造主を信じる人々は困難に直面すると神に祈ります。それが彼らに希望を与えてくれるからです。インドにはサーンキヤ学派の神を受け入れない学派、ジャイナ教、仏教など内なる平安を心と感情の働きを理解することによって追求する宗教があります」
「仏教では、五十一心所（51種の精神的作用：心相応行）を立てます。五遍行（常に存在して機能する5つの要素）、五別境（五つの対象を個別に識別する働き）、十一善（十一の善なる心）、六根本煩悩、二十不随煩悩（二十の付随的煩悩）、四不定（性質が不定の四つのもの）です。ナーランダー僧院の教えの伝統では心理学を論理と理由によって説明しますから、近代科学者にとっても魅力的で興味深い対象となっています」
法王は、これから菩薩戒を授けるが、それはアサンガ作『菩薩地』の戒律の章に基づく儀軌によるものであると述べられた。法王は参加者に向け、この特別な菩薩戒伝授の方法は一時中断してしまい、それを復活させたいと願っていたと告げられた。この方式に依れば、釈尊の仏画や仏像の前で授戒することが許されるので、法王はご自分の指導僧を務められた先代のリン・リンポチェにそのために必要な手順を取ってくださるよう要請され、リンポチェはまずマハーボーディ寺院の釈迦牟尼像の前で戒を授かり、それを法王に伝授された。その時セルコン・リンポチェはその儀式の助手を務められていたが、すべてが終了したのち、セルコン・リンポチェと法王の目には喜びの涙があふれ出たそうである。
「菩提心生起は私の最も大切な修行です」と法王は宣言された。「菩薩方は有情をご覧になりながら、完全なる仏陀となることを目指しておられます。菩薩戒は釈尊の仏画や仏像の前で授かるか、あるいは法脈を持つ師匠から授かることができます。菩提心は普遍的な平和の因です。なぜなら世界平和の達成には私たち個人の心の平和が必要だからです」
「世界の指導者たちが人々を『私達』と『彼ら』に分類して争いごとを起こせば、人民は保護を失って苦しむことになります。しかし、人間として、私達全員が慈悲の利益にあずかることもできるのです」
「私は常に菩提心が心に平安をもたらすことを知っています。利他的であるとは、人の役に立つことです。温かい心を持つ人には多くの友人がいますが、他人をいじめたり、騙したりすれば、人々はあなたのまわりから去って行きます。菩薩戒を授かり、それを正しく守ることは菩薩道に精進しようとする決心を堅固にします。たとえ一日でもこの戒を正しく保つことは大きな利益になるのです」
「思い出せば、私は夢の中でも菩薩戒を守っています。世界平和と幸福にこれ以上貢献できるものはありません」
法王は菩薩戒を授与され、続いて千手観音の灌頂授与の儀軌に移られた。灌頂が授与された後、法王はチベット人と観音菩薩の宿命的なつながりについて述べられたほか、賢劫の千仏のうち、顕教のほかに密教も説かれる如来は三名か四名しかおられないが、釈尊はそのうちのおひとりであるというその貴重な事実について述べられた。
法王は受者たちに対し、昨日読み上げた『三十七の菩薩の実践』が今日授けた灌頂の前行法話になっていると告げられた。今日、法王はアサンガの『菩薩地』から戒律の章を基盤として菩薩戒を授けられたが、受者たちに、隠遁修行を実践してこの教えを確かなものにするようアドバイスされた。重ねてシャーンティデーヴァ（寂天）作の『入菩薩行論』を読み、特に第8章の禅定に説かれている菩提心生起と、怒りと嫌悪に対する強力な対処法を提供している忍耐についての第6章を読むようにと勧められた。
最後に法王は、大祈願祭の実行委員会に対して次のようなお言葉を残された。
「最近のニュースで、バングラデシュやアフリカの貧しい人々が苦しんでいるのを目にして、大祈願祭の資金からそのような人々に対し、寄付したらどうかという考えが浮かびました。私が見たところによると、アフリカとバングラデシュの人々は度重なる洪水や火事に襲われ、手を伸ばして『私達も人間だ』と助けを求めていました。私の観察では、ユネスコがそのような状況の下で長期にわたり良い仕事をしてきたようなので、ユネスコに寄付するのがよいのではないでしょうか」
本日の灌頂伝授会を終えて僧院に戻られる前に、法王は、昨年開始した文殊を巡る一連の法の灌頂伝授会を明日から再開する予定であると告げられた。こどもの時から文殊菩薩の真言を唱え頼りにしていれば、頭がよくなると言われていると述べられた。
