インド、カルナータカ州ムンゴット
今朝ダライ・ラマ法王が車で到着されると、デプン僧院ロセリン学堂の問答広場には2万5千人を超える人びとが詰め込まれており、そのうち1万人は僧侶であった。僧院長が法王を出迎え、ステージへと案内した。広場前方の隅にはチベット人高齢者のグループ2つが集められていた。ムンゴットにあるチベット人居住区の85歳以上の約70名と、今はカナダに住んでいる約70名である。法王は微笑んで手を振り、何人かに話しかけては、人びとが頭を低くして手を伸ばすと手が届く限り多くの人びとに触れられた。
法王は、ステージ後方の仏画が収められているガラス張りの飾り棚の前で足を止められると、祈りの言葉を唱え、ターラー菩薩の大きな仏画の前にカタ(儀礼用の絹のスカーフ)を捧げられた。そして釈迦牟尼像とジェ・ツォンカパ像の前で灯明を捧げ、もう1つの白ターラー菩薩の仏画の前で再び祈りの言葉を唱えてカタを捧げられた。法王は主賓の中の古い友人たちに手を振ってから、左側、右側、前方の聴衆に向かって手を振られると、人びとは拍手で応えた。そして法王はゲルク派の高僧たちに挨拶をされ、階段を上り着座された。
法王の右側にはガンデン僧院座主、ガンデン僧院シャルツェ学堂法主、リン・リンポチェ、タクツァ・クンデリン・リンポチェ、チャンキャ・リンポチェが並び、左側には、ガンデン僧院前座主、ガンデン僧院ジャンツェ学堂法主、デプン僧院座主、デプン僧院ロセリン学堂長が座を連ねた。
法王は、これから授与する長寿灌頂の前行修法(準備の儀式)を執り行うと述べられ、会場の人びとにゲンドゥン・ドゥプが著されたターラー菩薩の礼讃偈を唱えるように依頼された。
法王は聴衆に向かって次のように話された。
「以前、私はこの問答広場で一般の人びとに向けて説法をする機会がありましたが、今日は長寿の灌頂を授与します。しかしながら、本当に長寿をもたらす実践は、心の平穏を達成することです。長寿を確かなものとする2つの実践、つまり利他の心である菩提心を生起し、空の正しい見解を培うことが仏法の心髄です。三宝に対する盲目的な祈りを繰り返すだけでは十分ではなく、誰に、もしくは何に帰依しているのかを確かに知る必要があります」
法王はナーガールジュナ(龍樹)の『根本中論頌』から次の偈を引用された。
縁起の見解は、8つの極端論から離れていることを示すこれらの偈頌で始まる。
そして法王は次のように続けられた。
「この大集会にはロセリン学堂から多くの主賓もいらしていますが、私たち全員が共有しているのは、幼い頃母親に依存して育ってきたということです。母親の世話や配慮がなければ私たちは生き残れなかったことでしょう。母親のやさしさに満ちた環境で育ったからこそ、私たちの頭脳は伸び伸びと発達することができたのです」
「非暴力(アヒンサー)の実践は、インドで三千年以上にわたり栄えてきました。ジャイナ教の導師マハーヴィーラは非暴力を強く唱道し、その後、仏陀も非暴力を称賛して論理に基づいた心の働きと、現実の正しいものの見方について説かれました。四つの聖なる真理(四聖諦)と模範的な戒律(ヴィナヤ)は、パーリ語の伝統(上座部仏教)の核であり、仏陀が初転法輪で説かれた教えですが、これは仏教のすべての学派に支持されています」
「第二法輪をなす般若波羅蜜(完成された智慧)の教えの中に『般若心経』がありますが、そこでは『色即是空 空即是色 色不異空 空不異色』(色は空であり、空は色である。空は色とは別のものではなく、色もまた空と別のものではない)と述べられています。空を理解することにより、現実のありようについての思い違いや誤った考えを克服することができます。しかし、そのような洞察が否定しているものは何なのか、それを特定する必要があります」
法王は、これから授与する許可灌頂はタクダ・リンポチェから伝授されたものであると語られた。それから、死を間近に感じている多くの高齢者たちに向けてお話をされ、多くのインドの精神的伝統が来世の存在を信じていることを述べられた。死後の遺体は残されるが、何かが来世へと続いていく。多くのインドの伝統はその持続する実体を “アートマン” と呼ぶが、仏教の教えでは、“アートマン” は自我に対する誤った考えを強めるものとみなし、意識の連続体の観点から前世と来世の存在を説明している。
「自分の人生が無益だったなどと考えず、仏陀の教えにどれほど従事してきたかについて考えてください。どれほど長く生きようとも、菩提心と空の考察に心を集中してください。それらを繰り返し考えて、安らかな気持ちでいてください」と法王は助言された。
「チベット人は観音菩薩の導きの下にいます。来世も観音菩薩は皆さんを守ってくれますし、チベット人でなくても、この伝統に親しみを感じている人たちは同じように守護を得ることができます。私は自分自身を観音菩薩のメッセンジャーだと思っていますので、あなたが死を迎える時にはあなたの手を取って観音菩薩に紹介しましょう」
この長寿の許可灌頂は、法王の出生地近くで誕生されたジェ・ツォンカパに焦点を合わせたものであり、法王はジェ・ツォンカパの信じ難いほど素晴らしい著作について説明された。ケートゥプ・ジェはやや慢心しているところがあるが、ジェ・ツォンカパは一貫して控えめであり、プトゥン・リンチェン・ドゥプはその学識が高く評価されているものの古典的なテキストの難解な点については軽く扱う傾向がある。しかし、ジェ・ツォンカパは難解な点についての説明にかなりの時間を費やしていると述べられた。
法王は、長寿の許可灌頂の儀式の一部として、受者たちを菩提心生起と菩薩戒の授与に導かれ、自分よりも他者を大切にすることがすべての幸せの源であり、所知障を克服するために菩提心を培う必要があると付け加えられた。
法王は、儀軌次第を締めくくる結びの儀式を執り行っている間、『ジェ・ツォンカパの教義繁栄の祈願文』を唱えているよう聴衆に依頼された。その後法王は、ガンデン僧院座主、ガンデン僧院シャルツェ学堂とジャンツェ学堂の法主たち、ガンデン僧院前座主、その他デプン僧院ロセリン学堂の高僧たちとステージ後ろの部屋で昼食を取られてから、本堂の上にある法王の居室に戻られた。