インド、パンジャブ州アムリトサル
本日ダライ・ラマ法王は、パンジャブ州政府の招聘により、シーク教の始祖グル・ナーナクの生誕550年生誕記念式典の一環として、グル・ナーナク・デブ大学で開催された異なる宗教間会議に出席された。会議のテーマは、相互の尊敬と理解に基づいた異なる社会的階層間の調和である。
法王は、昨日ダラムサラからアムリトサルへと移動された。今朝、太陽が街の上に昇る頃、法王を乗せた車はシーク教の最も神聖な場所、ハリマンディル・サーヒブ(黄金寺院)へと向かった。法王は、歓迎委員会メンバーの挨拶を受け、聖なる水を湛える「サロバル(聖なる池)」の中央に建つ、金箔で覆われた本殿へと案内された。法王は本堂への参道を歩きながら、寺院に入るために列を作っていた数百人の信者達に挨拶をされた。寺院に入られた法王は、シーク教の伝統に従って頭を布で覆い、黙祷を捧げて敬意を示された。
法王は、本殿を出る前に巡礼者に配られるプラサード(祝福を受けた食物)を召し上がった。このあと法王は、ハリマンディル・サーヒブを出発し、グル・ナーナク・デブ大学へと車で移動され、大学副総長のジャスパル・シン・サンドゥ博士をはじめとする、異なる宗教間会議の参加者たちから温かい歓迎を受けた。博士は集まった人々に向かって、法王は25年前、聖職者会議に参加するために本校を訪問されたことがあると伝えてから、他の参加者たちを紹介した。
財務大臣のマンプリート・シン・バダル氏が、パンジャブ州政府を代表して、五つの川の土地(パンジャブ州のこと)へようこそ、と人々に歓迎の言葉を述べた。さらに大臣は、「パンジャブ州は幾多の困難を乗り越えてインド古代文明の守護者として生き続けてきました。勇気の上に築かれた軍人の土地として今も国家の統一を守り続けています。ここは、全人類は一つであると説いたグル・ナーナクの土地です」と述べた。
法王は、パネル・ディスカッションへの参加と、900人の聴衆に向けての講演のために招かれている。そこで法王は次のように話しを始められた。
「私はいつも、年長、年少の兄弟姉妹の皆さんにご挨拶をすることから話を始めます。私は、70億人の人類は真の兄弟姉妹であり、皆同じだと信じています。誰もが同じように生まれ、死んでいきます。目が二つ、耳が二つ、鼻が一つというように、すべてが同じです。私たちの脳も本質的には同じです。精神的、感情的、身体的に、私たちはまったく同じであり、これは事実です。ですから私たちは、全人類が一つの人間家族であるという感覚を育まなくてはなりません」
「私たちは大人になるにつれて、信仰、肌の色、国籍などによって人を区別することを覚えます。それによって “私たち” “彼ら” という感覚が生じます。実際、こうした違いは副次的なことであり、それを強調しすぎると、衝突や戦争に至ります。最近では、宗教の名の下に殺戮が行われることさえあります」
「私たちが直面する問題のほとんどは、人間がつくり出したものです。ですから、私たち一人ひとりに、調和をもたらす責任があります。科学者たちは、人間の基本的な性質は思いやりだと言います。私たちの生存は人間社会に依存しており、私はダライ・ラマですが、社会的な支えがなければ、一人で生きていくことはできません。人類全体が一つのコミュニティーと化した現代において、全人類は一つの家族であるということを正しく認識しなくてはなりません。
「私は自分のことを特別な存在だなどとは思っていません。単なる一人の人間です。私たち人間は社会的な生活をして生きていく類の動物であり、私たち全員に慈悲の種が本来的に備わっています。しかしながら、英国によって導入された現代教育には、心を訓練する伝統がありません。ここインドには、三千年以上も前から、穏やかで冷静な心を育み、真理を洞察するための実践法があります。最近私は、インドが、心に関する古代からの知識を現代教育に結びつける試みをすることが重要ではないかと感じています」
「カルーナ(慈悲)は、温かい心という土台の上に育まれます。また、真理を洞察するには知性が必要です。知性を伴った慈悲を育むことで、心の平和を実現できます。各個人の内面が平和であれば、家族や社会のレベルにおいても、いっそう平和な雰囲気を生み出すことができるでしょう。一般的に学校では、健康維持のため、子どもたちに身体を衛生的に保つことを教えます。最近私は、感情を衛生的に保つため、心の平和を乱す破壊的な感情をいかに克服するかという対処法を、学校で子どもの頃から教えていくことを奨励しています」
「私は、長年にわたりインドの智慧を学ぶ生徒のひとりです。おそらく、私の頭の中は、現代教育を受けたインドの若者たちよりも、ずっとインド的なのではないかと思います。私は人生の中で多くの困難に直面しましたが、慈悲の心を動機として非暴力を実践することにより、心の平和を保ち続けることができました。私はどこにいても微笑んでいます」
「私たちは皆、同じひとりの人間です。そう認識することは、疑念を取り除くのに役に立ちます。私は、どなたにお会いするときでも、同じ人間の兄弟姉妹だと感じています。私はこれを70年間実践してきました。現代インドに生きる皆さんに、古代インドの智慧を忘れないでいただきたいと申し上げたいと思います。物質的発展だけでは心の平和は得られない、ということを思い出してください」
法王は、宗教間の調和というインドの長い伝統について、力を込めて称賛された。法王は、グル・ナーナクがメッカを巡礼されたのもその一例であり、彼はその行為によってすべての宗教への敬意を表わされたのである、と述べられた。さらに法王は、シーク教には、もはや時代遅れと言えるカースト制度がないことに対して、最大限の賛辞を送られた。カースト制はもはや時代遅れであり、この点について、他の宗教の指導者方にもぜひ考えていただきたい、との願いを語られた。
ここで法王は、「すべての宗教が慈しみの心を育むことが重要であるという共通のメッセージを説いています。ゆえに私は、異なる宗教間の調和を促進することに向けて全力を傾けます」と宣言された。法王は再度、非暴力の実践を称賛し、インドで菜食主義が広まっていることを嬉しく思うと述べられた。そして、非暴力の実践を、環境や、鳥、魚、虫など人間以外の生物にも適用していく時が来ている、と述べられた。法王は、古い友人でインドの環境活動家のスンダルラール・バフグナ氏から、機会があればぜひ樹木の保護について語るよう頼まれているので、ここでそれについても触れたいと思う、と述べられた。
そして、「私はチベット人として、チベットの知識と文化を生きた伝統として継承することと、チベットの脆弱な自然環境の保護に取り組んでいます。また、古代インドの智慧の重要性が再認識されることを心から願っています」と述べられた。
「最後に、今日ここで心の兄弟姉妹である皆さんと過ごした時間が、とても楽しいものであったことをお伝えしたいと思います。私の残りの人生をかけて、私がこれまで学び修行してきた古代インドの智慧の保存と継承に、重点的に取り組んでいくことをここで皆さんに約束いたします」
ここで、ラーマクリシュナ・ミッションのスワミ・シュッディダナンダ師はその発言の中で、真に偉大なインドの師、グル・ナーナクのことを忘れないように、と仲間たちに語った。そして、人類は何によって一つになることができるのかと言えば、それは、私たち全員が一つの家族の一員だと認識することによってである、と述べた。
平和と地域社会調和のためのイスラム組織、アンジュマン・ミンハージエラスール(Anjuman Minhaj-e-Rasool)の設立者モーラナ・サイード・アタル・フセイン・デラヴィ氏はウルドゥー語で会議に参加し、シーク教の最高司祭であるジョギンドラ・シン・ヴェダンティ師はパンジャブ語で話をした。
北インド教会のプラディープ・サマンタロイ主教は、グル・ナーナクが人間はひとつであることと平等であることを重視していたと語った。グル・ナーナクは、貧しい者や虐げられた者たちのために声を上げ、女性の権利を守り、宗教的な寛容性を身をもって示した。プロテスタント教会の父、マルティン・ルターは、グル・ナーナク生誕の15年後に生まれたが、両者とも、自らが生きている社会に良い変容をもたらした改革者であった。
シスターB.K.ウシャは、ブラーマ・クマリス(注)を代表してヒンディー語で語り、アハマディア・ミッションの アフメド・カタ・サヒード氏は、ウルドゥー語で語った。リシ・オーロビンド・ミッションのモニカ・グプタ博士はここに出席できなかったが、英語でメッセージを送った。
注:ブラーマ・クマリスは1930年代に起こった精神的な運動で、国連と提携し、女性が運動において重要な役割を果たしていることで知られている。
最後に、異なる宗教間会議は感謝の言葉で締めくくられた。法王は、他の宗教指導者たちと共に副校長の邸宅で行われた昼食会に招待された後、空港からダラムサラへの帰途に着かれた。