インド、ウッタル・プラデーシュ州マトゥラー
法王は早朝デリーをあとにされ、スワミ・カルシニ・グルシャラナンダ・マハラジ師の来賓として、ヤムナー川の貯水地にあるマトゥラーの街へ車で向かわれた。シュリ・ウダシン・カルシニ・アシュラムに到着をされると、法王はアシュラムのスタッフによる歓迎を受けられ、用意された部屋に案内されると、マハラジ師もそこに合流した。
短い休憩の後、法王はクリシュナ寺院の本堂を参拝された。マハラジ師は、法王が座に着かれるまで付き添ってから、寺院の聖職者たちに清めの儀式を執り行うよう指示を出し、法王に対する尊敬の証として、法王の足にミルク、ヨーグルト、サフラン、ギー、サンダルウッドなどを使用した足浴を施した。これに続き、グルプージャ(上師供養)の儀軌と4つのヴェーダ(注)からの読誦を含むその他の供養が法王に向けて行われた。
(注)「リグ・ヴェーダ」「サーマ・ヴェーダ」「ヤジュル・ヴェーダ」「アタルヴァ・ヴェーダ」の4種からなる、インド最古の聖典。
法王は参加者に向けてお話をされ、サンスクリット語による格調高い奉唱を聞いて、とても感銘を受けたことを告げられた。
「私は若い頃、カルパの解説書からサンスクリット語を学びましたが、とても難しく感じました。インド最古の哲学的伝統であるサーンキヤ学派ではサンスクリット語を使用し、後にジャイナ教や仏教の伝統においても同様に使用しています。仏教の文献は、パーリ語およびサンスクリット語の両方で書き記されていますが、ナーガールジュナ(龍樹)、アサンガ(聖提婆)、ブッダパーリタ(仏護)などの、ナーランダー僧院の偉大な導師たちは、すべてサンスクリット語で記しておられます。実際に、現代の学者たちは、ナーガールジュナの『入中論』や、ダルマキールティ(法称)の『量評釈』において、それらの文章の資質が最高水準のものであることを私に話してくれました。サンスクリット語の研究と文法は、チベットで私たちが学んでいる主要5科(注)の中に含まれています。このことからもわかるように、私たちはサンスクリット語を偉大な功績とみなして高く評価しているのです。そしてあなた方が披露してくださった美しい奉唱にお礼を述べたいと思います」
(注)仏教哲学、サンスクリット語、論理学、医学、美術工芸の5科
「古代インドの伝統の中心は、非暴力の行いである “アヒンサー” の実践であり、それは “カルーナ”、つまり慈悲の心を動機としています。これは今日にも適用できる概念であり、インド国内のみならず、世界中が感化を受けています。またインドは長年にわたり、宗教的に寛容なひとつの模範となっており、世界がそこから何かを学び得るということが、これらの要因となっているのではないかと思っています。そしてまた、科学やテクノロジーなどの近代的な科目を学ぶ一方で、インドの人々は、この地で古代において発展した心と感情の働きに関する知識を保持するよう努めるべきだと確信しています。なぜなら、宗教を信仰しているか否かに関わらず、現在を生きる70億の人々にとって大きな利益となり得るからです」
法王は、他者への思いやりが根本的な人間の性質であると科学者たちが報告しているが、教育を通してそれを拡張させていくために、更に注意を払う必要があることを強調された。そして、もし学生たちが幼稚園から大学に至るまでの間、精神衛生、煩悩に打ち勝つための能力、心の平穏に到達するための訓練を受けられるならば、それは非常に有益であると述べられた。更に法王は、マハラジ師と師のアシュラムの修行僧たちが、そのような伝統を保持するための努力をされていることに対する確信を表明された。
その後法王は、マハラジ師とアシュラムの修行僧たちに加わって床に座り、共に昼食会に参加された。伝統的な流儀に従って、葉と陶器の器に食事が振舞われ、その間にも、アシュラムの学生たちによる美しい詩歌が斉唱された。
昼食後、部屋に戻られた法王は、明日のプログラムについてマハラジ師と短く話をされ、その中で、翌朝共に瞑想する時間がとれたらよいだろうとの希望を表明された。