インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ
雨上がりの肌寒い朝、空に雲が立ち込めている中を、ダライ・ラマ法王はツクラカンへと向かわれた。台湾とアメリカを拠点とする台湾人科学者たちとの量子効果に関する2日目の対話に参加されるためである。
本日の司会を務める張綿福博士はこの対話を「素晴らしい会談」と呼び、集まったすべての人々を歓迎すると述べた。張博士の紹介を受け、最初の発表者である李定國博士が古典物理学では考えられない超伝導という現象について語った。
「今日こうして量子の世界の美しい現象についてお話できるのは、大変に名誉なことです」と李博士は述べた。
「伝導率とは、金属がどれほど電荷を通しやすいかを示す数値です。そして、超伝導は電気抵抗がゼロのときに起こります」
これを受けて法王が質問された。
「電気は波状なのですか?それとも粒子状ですか?」
李博士は次のように答えた。
「電気は粒子でできていますが、見る角度によっては波でもあります。電気抵抗がゼロのときに起きる超伝導とは量子効果であり、重力に逆らう磁気浮揚といった磁気特性でもあります」
そして博士は、対になる2つの電子の動きについて、ダンスホールのダンサーたちになぞらえて説明した。
その後、意見を求められ、法王は次のように語られた。
「量子物理学と仏教科学が捉えている現実のありようの対照的な点は、古代インドの伝統では、移ろいゆく無常なる事物と、条件に依存しない永遠常住のものがあるという区別をしていることです。そして、主体者の体験という心の世界には、対象という実体もなければ、それを見ている主体者の心にも実体がないという概念があります」
次の吳茂昆博士も超電導について発表し、1911年にヘイケ・カメルリング・オネス氏が発見した電気抵抗の消失とマイスナー効果、すなわち、完全反磁性について説明した。
「超伝導は量子の特別な状態であり、その明らかな利点は電力を失うことなく運べるという点です。超伝導は日本で開発された超伝導リニア・モーターカーを支える技術ですが、この乗り物は高速であるだけでなく、省エネルギーかつ低騒音という長所を備えています」
張綿福博士は電子伝達における線形重ね合わせの原理と非線形現象について説明し、量子輸送に関するプレゼンテーションを行った。
カオス理論について語った張博士は、「量子力学の効果と仏教哲学との間に共通する部分はありますか?」と法王に訊ねた。
法王は次のように答えられた。
「古代インドの伝統によると、すべての破壊的感情は無知に起因しており、目の前に現れてくる現象には実体があると誤認することから生じます。そこで、二諦(「二つの真理」)――つまり、『世俗の真理』と『究極の真理』が説かれているのです。一方は単純な現実主義で、見たままの現れを真実と信じ、目に見えている世界を検証することなくそのまま受け入れる世俗の真理です。もう一方は、目に見えている現れを検証し、全ての現象の現れは幻のようなものに過ぎないということを理解する智慧を生み出します。量子力学もまた、目に見える現れと究極のありようとの違いを見極める学問ですね」
「ナーガールジュナ(龍樹)は、『どのような事物であっても、厳密に分析してみるならば、実体のある事物はどこにも見出すことはできないが、それでもなお、私たちはそうした実体のない幻のような現象を、世俗のレベルで経験している』と述べておられます」
「つまり、縁起によって現れる現象は実在論を滅し、空の見解は虚無論を滅するのであり、それを理解する時、私たちは二つの極端論から自由になり、中の道を見出すことができるのです」
また法王は、「ナーガールジュナの教えは単なる理論や哲学ではありません。真摯な態度で実践するならば、心に大いなる変容をもたらすことができるのです」と語られた。
次に、牟中原博士がもっとも特異な液体である水について発表した。牟博士は「水について法王にお話できるのは実に光栄です。天も私の意見に賛同してくれているようですね」と述べ、雨降りのジェスチャーをして笑った。そして次のように述べた。
「水は私たちの身体の60%を占め、生き物が最も多く必要とする重要な物質です。その珍しい特性として、水には決まった形がなく、匂いも色もありません。さらに、さまざまな法則に反しています。多くの液体は凍ると下に沈みますが、氷は水に浮きます。多くの液体は温まると膨張しますが、水は収縮します。さらに、親和性が非常に高く、砂糖やアルコール、鉄、塩、アミノ酸などの優れた溶剤となります」
「水と油は混ざり合わず、つまり、水と油脂は対極的な物質です。光合成が起きると太陽エネルギーは糖として水の中に蓄積されます。水が変わった特性を持つのは、水分子間に強力な水素結合相互作用が働いているためです」
牟博士は続けた。
「実際、世界には、水、とくに清潔な水を使えない地域がたくさんあります。インドでも54%がこうした水の問題に直面しています。私をはじめとする科学者たちは、この問題の解決策を模索しています」
牟博士は法王に対し、水を必要としない生命体が存在する可能性について質問した。これを受けた法王は、宇宙の起源について古典仏教の中に出てくる水の役割について次のように語られた。
「宇宙が形成される時は、生成、持続、消滅という3段階のプロセスを辿ります。その後、再び宇宙が形成されるというプロセスを繰り返していきます。宇宙の構成要素については、宇宙は虚空、風、火、水、地(五大要素)という順に生成し、消滅するときはその逆の順序で消滅していきます」
「私はビッグバンの概念を受け入れていて、ビッグバンは宇宙の粒子エネルギーを原因として起きる現象だと考えています。2人のイタリア人科学者が言うには、ビッグバンが起きたのは120億年前だそうです。ボンベイ在住のあるアメリカ人によると、ビッグバンは250億年前だそうです。ご報告を聞く限り、李遠哲博士は300億年前だと考えてらっしゃるようですね」
張博士は午前中の対話を総括し、法王と発表者の方々、集まった聴衆に対して感謝の言葉を述べた。明日は、量子効果についての3日目の対話が行われる。