インド、ジャンムー・カシミール州ラダック地方カルギル
今朝、カルギルにあるご滞在先のホテルで少人数の報道陣と会見されたダライ・ラマ法王は、まず始めに法王の3つの使命について説明された。
「一人の人間として、私たちは皆肉体的、精神的、そして感情的に同じであり、幸せな生活を送りたいと願っています。科学者たちは、私たち人間の基本的な本質は慈悲であると述べており、愛と思いやりが人と人を結びつけることは明らかな事実です。動物でさえ、自分の仲間に対してある程度の思いやり利他心を持っています。たとえば象は、群れの一匹が死ぬと悲嘆の声をあげるそうです。ですから私は、愛と思いやりなどの人間価値を高めるために努力しており、それが私の第1の使命です」
「次に、私の第2の使命は、異なる宗教間の調和を図ることであり、第3の使命は、自然環境を保護することです。これらのことに関しては、報道関係者の皆さんが注意を払い、一般の人々を教育する責任があると私は思っています」
最初の質問者が、法王の2度目のカルギルご訪問を地元の人々が大変喜んでいることをお伝えすると、法王は、昨日フサイニ公園でスピーチをした際、人々が熱心に私の話に耳を傾けてくれたことに感銘を受け、嬉しく思ったと返答された。続いて法王は、つい最近参加された会議の中で、全インド・イスラム教徒会議を招集する可能性について話し合ったことに触れられた。そしてその会議は、インドのイスラム教徒たちはスンニ派とシーア派が争うことなく共存し、インド国内の他の宗教とも調和を保って共存しているということを、世界中のイスラム教徒たちと分かち合おうという意図のもとに開催できたらよいだろうと述べられた。
この世界で今起きている紛争を解決するため、法王は武力を用いることに反対されており、その代わり、対話によって問題を解決することを強く推奨されている。
法王は、ご滞在先のホテルの庭でカルギルの仏教徒たちに向かって次のように話された。
「全ての伝統的な宗教は、愛と思いやり、寛容と許しなど共通のメッセージを伝えており、ひとりひとりがよりよい人間になるための助けとなっています。この世の創造主としての神を信じる一神教も、ジャイナ教や仏教などの無神論の伝統も同じ目的を持っており、同じアプローチをとっています。これらの宗教は皆、各個人が責任を持つこと、心を訓練することがいかに重要であるかを説いており、怒り、嫌悪、嫉妬などの煩悩を減らすべきことを強調しています」
その後法王は、カルギルから40キロ離れたムルベクのスプリング・デールズ公立学校に車で向かわれた。この学校は1992年に設立されている。法王は、230人の生徒、その保護者と親族、学校の職員、一般参加者が集まった校庭が一望できるステージの席へと案内された。
ノルブ校長はあふれるばかりの情熱で法王を迎え、2014年に法王のご訪問が予定されていた時、悪天候でやむを得ず中止されたことをどれほど残念に思ったかをお伝えした。しかし諦めることなく、ハッジ・アリ会長が法王をカルギルに招聘し、ムルベクご訪問の実現に向けて尽力してきたことに感謝を述べた。校長は、友好的で気遣いのある環境の中でホリスティックな教育ができれば、生徒たちは生来の想像力を発揮して、自らと他者を利益することができるだろうと述べた。
学長は、ダライ・ラマ法王基金から支給された学校への支援に対して、特に寒い冬でも学校で活動ができるようにするためのホステル・プロジェクトへの援助に対して感謝の意を述べた。最後に学長は、「私たちは質の高い教育を子供たちに提供することに身を捧げています。法王の励ましと支援に感謝を申し上げます」と述べて話を締めくくった。
それに対して法王は、学長の報告書に感謝の意を表され、「学長は私の意向を実行するべく努力してくださっているので、更に述べることはあまりありません」と述べられた。
「私たちは今21世紀を生きていますが、前世紀を振り返ってみると、苦しみと争いに満ち溢れていたように思われます。私は20世紀に属している人間ですが、ここにいる学生の皆さんはこれから21世紀を生きていく方々です。今日、世界で起きている様々な問題や危機は、武器の使用や武力で問題を解決しようとする古い考え方によって引き起こされたものです。後にその態度は改められてきましたが、20世紀前半の人々が強力な軍隊を誇りにしていたのと同様に、その後も人々が核兵器を誇りにしてきたことに変わりはありません」
「また、第二次世界大戦後、日本を筆頭に反核兵器運動が起こりました。私は恐ろしい武器が使われた広島と長崎を訪問したことがあります。最近では、イラク危機の際、世界各地の多くの人々が暴力と戦争に反対するデモを行いました」
「ここインドでは、マハトマ・ガンジーが非暴力を掲げて自由を追求されました。ガンジーは古代インドの実践であるアヒンサー(非暴力)を政治的な脈絡の中で実践されたのです」
「イラク危機の時、私はバグダッドに赴いて危機を鎮めるために瞑想して欲しいという依頼を受けました。しかし、私にはそれが効果を生むとは思われなかったので、私はチェコのハベル首相に書簡を送り、たとえば、単に平和をもたらそうという関心を持った、いかなる政府の代表団でもないノーベル平和賞受賞者たちの使節団を送ってイベントを開催すれば、何らかの良き影響を与えることができるのではないかと提案したことがあります。私は未だに、戦争は回避できたのではないかと思っています」
「そして私は、ニューヨークとワシントンで起きた9月11日のテロ事件の後で、ブッシュ大統領に祈願と弔慰の書簡を出しました。その中で私は、この事件に対する反応が非暴力的なものとなるよう私の願いを表明し、次のように記しました。『今日、一人のビン・ラディンがいますが、もし貴殿が暴力に頼り武力を用いるなら、100人のビン・ラディンを作り出してしまう危険性があるでしょう。暴力は終わりなく続く反撃の暴力を誘発するのです』」
法王は、人は異なる観点から物事を見ているため、人と人との間には常に意見の不一致が起きてくるが、解決方法の道は対話によって開かれるものであることを示唆された。そして、今世紀を平和な世紀にするためには、私たちは皆、人類という共同体に属していることを認識する必要があり、また、平和が個人的なレベルから構築されるべきことも覚えておかなければならないと強調された。
法王はまた、気候変動について話され、環境への更なる配慮を呼び掛けられた。そして法王は、ダラムサラにおける過去60年間の降雪量が急激に下降し、その結果、水不足を引き起こすことになったことに触れられた。法王がチベットにおられた頃は、誰もがきれいな水を享受できたが、亡命後初めて、飲み水に適さない汚染された水もあるということを学んだと語られた。しかし、是正措置が取られれば、成功を導くかもしれないと述べられ、昔、スウェーデンのストックホルムの水は酷く汚染されていて一匹の魚もいなかったのが、汚染の除去により魚が戻ってきたことに触れられた。
最後に法王は、ご自身は仏教徒であり、懐疑的な態度で分析するという知性を法王に教えてくれたナーランダー僧院の伝統を引き継ぐ者であることを明言された。
続いて法王は、『文殊師利菩薩礼讃偈(カンロマ)』と文殊師利菩薩の真言を生徒たちに口頭伝授されて講演会を締めくくられた。そして、教育なしに発展を望むことは不可能であり、教育の重要性を改めて聴衆に強調された。
法王はスプリング・デールズ公立学校の生徒が歌う『真実の言葉』の祈願文を一緒に歌われ、それに続いてチェコの音楽家イヴァ・ビトッヴァがチェコの民謡を演奏した。
来賓と昼食を共にされた法王は、カルギルに発つ前に新しいホステルの建物を見学され、生徒たち、チェコからのボランティア、学校の教員たちとの記念写真に応じられた。明日、法王はレーに戻られる予定である。