インド、ジャンムー・カシミール州ラダック、ヌブラ渓谷スムル
今朝、ダライ・ラマ法王は、サムスタンリン僧院最上階の法王公邸を出て階下の本堂に向かわれた。ベランダの六道輪廻図をご覧になり、堂内に入って仏陀釈迦牟尼像、ツォンカパ大師像、千手観音菩薩像の前で礼拝された。
法王はさらに歩を進めて夏季高等宗教会議2018(夏季大問答会)の会場に到着されると、開会式のはじめに唱えられた吉祥祈願文の誦経に加わり、智慧を象徴するバターランプに火を灯された。そしていつもそうされるように、8,000人を超える聴衆が集まった会場の各方向に向けて、手を合わせて微笑みながら何度も挨拶をされた。法王は学生たちに向かって手を振られ、子どもたちは嬉しそうに手を振り返した。
はじめに、この夏季高等宗教会議2018の主催者である、ゲルク派前管長およびガンデン僧院前座主で、現在サムスタンリン僧院僧院長のリゾン・リンポチェが参加者全員に対する歓迎の言葉を述べた。そして仏教徒にとって、慈しみと憐れみの心から生じる菩提心と、空性を明確に理解する智慧の両方を結びあわせて育むことが大切であると語り、縁起を基に一切法の本質的なあり方である空性について説かれた釈尊は、その教えによって無上の師として知られるようになり、それが仏教特有の特色となっていることを強調した。
リゾン・リンポチェはまた、釈尊が、後にツォンカパ大師が現れ、ヒマラヤ地方とチベットにとって重要なガンデンという名の僧院を創設することを予言されたと語った。また、ブッダガヤの北に位置する雪の国に観音菩薩が出現することも予言され、実際に、チベットに仏法が伝わった初期の頃の仏教王たちや、歴代のダライ・ラマ法王を含むチベットとインドの46の観音菩薩の化身が現れたことに言及した。リゾン・リンポチェはまた、チベット社会に民主主義制度を導入され、チベット問題解決に対して明白な非暴力的中道のアプローチを提唱されたダライ・ラマ法王の偉大な功績について触れた。
リゾン・リンポチェは法王について、ニンマ派、サキャ派、カギュ派、ゲルク派、どの派の教えを説かれても、すべての聴衆の望みを満足させる素晴らしい能力をお持ちであると賞賛し、ここで法王にお会いし、教えを聴聞し、ご長寿を祈願できることがいかに幸運なことであるかを、参加者たちに思い起こさせた。そして、法王がいつも話されるように、仏法は経典の教えと実践の教えの二つに分類することができ、仏教を保持していくためには、教えと実践の両方が必要であることを述べた。最後に、このサムスタンリン僧院に論理と問答を根付かせたゲシェ・イェシェイ・ギャルツェン師の功績が、今日の夏季高等宗教会議の開催として結実したとして、師への感謝の言葉でスピーチを締めくくった。
次に、同じくラダック出身のゲシェ・イェシェイ・ギャルツェン師が、1998年に当時ガンデン僧院副座主であったリゾン・リンポチェがギャルツェン師をサムスタンリン僧院に招いて仏教哲学の講義をするように要請し、それ以来、 毎年10名の僧侶が、ここから南インドに再建されたデプン僧院ゴマン学堂で学び、修行できるようになったと説明した。ゴマン学堂で学んだ僧侶たちは、このようにして法王の前で問答を披露するに足る技量を身につけるに至り、ギャルツェン師はナーランダー僧院の伝統を護持するためにベストを尽くして来た。その結果、今ではラダックの在家信者たちも仏教哲学を学ぶようになったという。
最後にギャルツェン師は、仏教博士の資格を得て僧院大学を卒業する僧侶たちに、卒業後は古典的な五つの学問の分野(大五明)の中からひとつを選び、それについての更なる研鑽を積むように奨励しているが、そのようなアドバイスについてどう思われるか、と法王に意見を求めた。
法王はギャルツェン師の質問を受けて、すぐに次のように答えられた。
「南インドの僧院には完全な資格をもった仏教博士が千人もいますが、僧院大学を卒業すると、アメリカやヨーロッパに行きたがる者もいます」
法王はここでクスクスと笑われてから話を続けられた。
「しかし、僧院に残って勉強を続ける者も多くいます。論理学、中観学、般若学などを選んで、更に学びを深めることはとてもよいことです。その過程において、論疏部(テンギュル)に含まれるインドの偉大な成就者たちの註釈書に、より精通するようになるでしょう。シトゥ・リンポチェの僧院であるシェラブリン僧院を訪れた際、僧侶たちはまさにそのように研鑽を積んでいて、私は深い感銘を受けました。同様に、南インドのナムドゥルリン僧院の僧侶たちに、私はシャーンタラクシタ(寂護)の『真理綱要』という註釈書にも精通するように、と提案しています」
そして法王は次のように述べられた。
「ゲシェ・イェシェイ・ギャルツェン師は、この地において、仏陀の教義に対する多大な貢献をされて来ました」
ラダック仏教協会会長のツェワン・ティンレス氏は、ラダックでの開催が今年で6年目になる夏季高等宗教会議の成功について話し、仏教の真の意味についての在家信者たちの理解が確実に進んでいる、と述べた。また、ディクン・カギュ派の人々が、将来において、この夏季高等宗教会議を開催することに関心を示している、とも伝えた。ティンレス氏は、ラダック地方全般にいつも平和と調和が保たれるように、ラダックのすべての人々は責任を持って従事しなければならないと繰り返し語った。
ほとんどが女性であるティグル村から来た在家信者の学習グループが、三宝のすぐれた徳性についての問答を行った。
ラダック出身者であるデプン僧院ゴマン学堂の学堂長は、スピーチのなかで、夏季高等宗教会議の6度目の開催を祝し、同様の行事がチベットのサンプ僧院でも行われていたが、そこでは僧侶が全てを取り仕切っていたのに対し、ここでの開催はラダックの僧侶、尼僧、在家信者、イスラム教会のメンバーまでもが一体となって作りあげていることを述べ、これは協力によって生み出された歴史的な出来事であると語った。
地方立法議会のテンジン・ナムギャル氏は、物質主義と競争が激化する今日の世界において、仏陀の教えは人類のあるべき姿を取り戻すために貢献できるものであると述べ、心の働きについて学び、学んだ方法を用いて破壊的な感情(煩悩)に対処することを推奨した。インド連邦議会下院議員のトゥプテン・ツェワン氏は、物質的発展は、必要かつ望ましいものではあるが、心の平和を犠牲にしては元も子もないので、心の平和を保ちつつ、発展を遂げる方法を学ぶべきである、と付け加えた。
今回の夏季高等宗教会議開催の記念品が、最初に法王に、次にガンデン僧院前座主リゾン・リンポチェに贈呈され、それが終わると、法王が参列者に向けての講演を請願された。
法王は「文殊菩薩に礼拝いたします」という言葉でお話を始められ、次のように続けられた。
「たくさんの深遠な教えを授けてくださった、偉大な私の師であるガンデン僧院前座主のリゾン・リンポチェを歓迎いたします。そして兄弟姉妹の皆様全員を歓迎いたします。この夏季高等宗教会議の開催に携わった皆様、その一人一人の尽力に感謝しています。明日から法話会を行いますので、今日申し上げるべきことはあまりありません」
「精神修行の道に従っていてもいなくても、私たちには知識と教養が必要です。その中でも論理学と心理学は大変有益なものです。仏教の典籍からはすぐれた洞察が得られますが、それを宗教的観点から捉える必要はなく、学問として学ぶことが可能です」
「古代インドで普及していた論理学と認識論は、現代では廃れてしまいましたが、チベットの僧院では今も継承され学ばれており、私たちの教育は厳密に行われています。テキストを一語一語暗記し、そのテキストの註釈書を勉強し、問答においては他者の主張を論駁し、自派の主張を確立し、批判に対して反論します。シャーンタラクシタ(寂護)とカマラシーラ(蓮華戒)のおかげでチベットにもたらされたこのような伝統に従うことで、私たちはナーランダー僧院の伝統を保ち続けているのです。私たちは、これを基に今日の世界に貢献できると信じています」
「心の変容は、信仰や祈りによって達成されるものではありません。そこには根拠が必要であり、人間だけが持っているすぐれた知性を働かせなければなりません。おだやかで健全な心は肉体の健康と幸福にとてもよい影響をもたらします」
「先ほども申し上げましたが、古典的なサンスクリット語による仏教の註釈書には素晴らしい叡智が含まれており、それらはとても有益なものです。そしてそれは純粋な学問として伝達されることが可能なのです」
「ナーダンダー僧院の伝統は根拠と論理に基づくことを特徴とし、それはナーガールジュナ(龍樹)の『根本中論頌』によく表わされています」
「根拠と論理を用いて修練を積んだ結果、私たちは現代の科学者たちと、お互いにとって有益な対話を行うことができています。このような対話により、私たちは外の世界の物質的なものについてより詳しく知ることができますし、科学者たちもまた、心について学ぶ機会を得ています」
「このような進展があるにも関わらず、多くの仏教徒は今でも単なる信心によって仏教に従っていますが、仏陀が説かれたことについて、もっとよく知る必要があります。それが、私が明日から説明しようとしていることです」
最後に主催者代表が、法王のご参加に改めて謝意を述べた。そしてまた、施主たちに、とりわけ今日と明日の、また最終日の昼食を用意する地元の家族たちそれぞれに、その協力に対して感謝の気持ちを表した。
法王は微笑んで手を振られ、また握手を交わされながら、ゆっくりと会場を後にして車に乗り込まれ、短い距離を移動して僧院に戻られた。法王は、明日ここで、ツォンカパ大師の『修行道の三要素』と菩提心の育み方についての法話をされる予定である。