インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州ダラムサラ
今朝、ダラムサラのツクラカンの中庭には、ダライ・ラマ法王の法話会に参加するためにチベット人やその他の国々の人々が大勢集まった。法王は公邸から法座までお経を詠唱する僧侶たちに先導されて到着された。法座はツクラカンの下の大きな儀式用傘のもとに設けられていた。法王が着座されると、参加者全員にお茶と甘いお祝いのご飯が配られている間、チベット語による『般若心経』が唱えられた。
天人や阿修羅などが法話を聞けるように招く偈頌が唱えられた後、法王はナーガールジュナ(龍樹)の『根本中論頌』より次の偈頌を唱えられた。
法王は次のようにお話を始められた。
「今日は、釈尊が57歳の時の陰暦正月朔日より15日までの間、コーサラ国の首都シュラーヴァスティ(舎衛城)で15名の王たちが釈尊を供養した時に釈尊が15日間に渡ってさまざまな神変(奇跡)を起こし、一切有情の功徳を増大されたという故事にちなんだ仏教にゆかりのある日で、約600年前からラサで祝われていた大祈願祭の最終日にあたります。釈尊が非仏教徒の導師たちを神通力によって打ち負かしたことを記念するお祝いです」
「天人も人間も、皆幸せになりたいと願っており、幸せの根本は私たちの心にあります。解脱に至るには時間がかかるかもしれませんが、ここで今私たちが注意を払うなら、心の安らぎを得ることができます。動物でさえ、危険にさらされていないときには、安らいだ平和な状態にあります。私たちを動揺させるのは、怒りや恐れ、疑念です。私たちの心が不安定になると、私たちは不幸になります。古代インドの伝統的宗教では、感覚的な快楽を味わうことよりも煩悩に取り組み、それを克服することをより重要視していました。仏陀は、私たちの悪行や煩悩を水で洗い流してくださるのではなく、正しいもののありようを理解するための道を私たちに示すことで有情を救済されているのです。それこそが私たちが煩悩を克服する方法だからです」
「私たちは、事物がそれ自体で独立して存在していると見なす傾向があり、魅力的なものに対しては執着の気持ちを起こします。そして、執着の対象を手に入れられないと、それを邪魔する人に対して怒りを抱きます。アメリカの心理学者アーロン・ベック氏は、次のような話を以前私にしてくれました。怒りにとらわれている人々を観察すると、彼らは怒りの対象を完全に否定的なものと見ていますが、その怒りの90%は自分自身の心の反映に過ぎないということです。ナーガールジュナもこれと同じことを述べておられます。つまり、行為と煩悩は妄分別から生じ、行為と煩悩を滅することにより解脱に至ることができる、と言われているのです。無知とは、誤った考えかたによって対象物のありようを過大視してしまう心のことです。そこで、現代の科学者たちは、釈尊が説かれた仏教の心の科学の側面について関心を寄せているのです」
続いて法王は次のように説明された。
「釈尊は悟りを開かれた後、すぐには法を説かれませんでした。なぜなら、ご自身が悟った内容は誰にも理解できないだろうとお考えになったからです。しかし、やがて釈尊は、以前ともに修行した5人の修行仲間の要請により、初転法輪において四聖諦(『四つの聖なる真理』)の教えをお説きになりました」
「私たちはふだん、すべての事物はそれ自体の力で独立して存在しているという見方にとらわれています。しかし、釈尊は論理を用いてそれが誤りであることを示されました。人間の本性は慈悲であり、それは母親が与えてくれる愛情に根ざしています。母親の愛情がなければ私たちが健全に育つことはできなかったでしょう。しかしながら、怒りや執着が強いと、紛争や問題が発生し、それらは世界に広がっています。普遍的な価値観に基づく世俗的な教育は、私たちがこれらの問題をよりよく理解するのに役立ちます。一方、釈尊は空性についての瞑想を通じて、事物の実体に捉われている私たちの誤った見方を正すことにより、行為と煩悩を滅し、解脱に至ることができると説かれました」
「私たちは、仏陀とはどのような方かを知らなければなりません。仏陀のおからだにそなわった三十二相八十種好のすぐれた特長を知るという意味ではなく、釈尊が説かれた教えを理解するということです。釈尊の教えに慣れ近づくほど、それがどれほど科学的な方法論に基づいた教えであるかをより深く理解することができます」
「釈尊は、その時々に異なる人々に異なる教えを説かれました。初転法輪では四聖諦の教えを説かれ、第二転法輪では般若経にまとめられている般若波羅蜜(完成された智慧)の教えについて説かれ、第三転法輪では仏性について説かれました。四聖諦について説かれた初転法輪の教えでは、人無我について大まかに説かれ、第二法輪における般若波羅蜜の教えでは、法無我についてより詳しく説かれています。第三転法輪で説かれた教えの一部がまとめられている『解深密経』には、釈尊はそれぞれ異なった気質や関心を持つ弟子たちの心に合わせて教えを説かれたと述べられています」
「本質的に、釈尊は論理と根拠を用いて心をよりよく変容させるための方法を説かれました。私たちは誤ったものの見方によって煩悩を起こしています。肉体的な衛生管理を維持することによって健康を保つことができるのと同様に、私たちは今ここで、心の平和を達成するために精神面における衛生管理を維持する必要があるのです」
神変大祈願祭の最終日には、釈尊の偉大な行いを想起するための伝統として、釈尊の前世物語であるジャータカ(本生譚)が読まれる。アーシュヴァゴーシャという別名でも知られるアーリヤスーラがまとめた『34のジャータカ物語』である。アーリヤスーラはナーガールジュナの弟子であったアーリヤデーヴァの弟子である。今日法王が読まれたのは、森に住み、カワウソ、ジャッカル、サルたちのリーダーとして徳の道に従った高貴で無私なウサギについての「月のウサギ」と題する物語であった。
「月のウサギ」の物語の冒頭部分を読まれた後、法王はツォンカパ大師の『縁起讃』を読むことを告げられた。法王はキノール(クヌ)出身のリクジン・テンパ師からこの伝授を受けられた。『縁起讃』は、縁起のありようをご覧になり、それを独自の体験に基づいて説かれた釈尊への敬意と礼讃を表す偈から始まっている。縁起の見解に基づいて、私たちの煩悩の根源である、現実を誤って捉えるものの見方を克服することができる。煩悩は心の本質ではない、と法王は強調された。第二転法輪では、対象物の空である光明について説かれており、第三転法輪では、対象物を見ている主体者の微細なレベルの心の空について説かれている。この、“明らかで対象を知ることができる”という意識の本質が密教の実践の基礎となるものである。チベット仏教のすべての宗派の伝統は、心の本質を理解することの重要性を強調している。
法王は偈頌を読み進めながら、時折内容を明確にし、考察するために休止され、説明された。縁起のありようを理解すれば、無明を晴らすことができ、無明は「十二支縁起」の第一の事象である。無明とは、因果の法則を理解していないこと、あるいは、事物の究極のありようを知らないことである。縁起とは、「他に依存して生じる」ということである。「他の原因や条件(縁)に依存している」という面は、実在論を克服するための対治となるものであり、「生じる(起)」という面は、虚無論を滅するための対治として働くことを法王は述べられた。すべての事物は私たちに利害を与えるという機能を果たしているので、世俗のレベルにおいては確かに存在していることが理解できるが、究極のレベルにおいては、事物には一切の実体性がないため、単に名前を与えられたことによってのみ存在しているだけなのである。縁起の意味を明らかにするならば、結果は原因に依存して存在するが、原因もまた結果に依存して存在すると言える、と法王は述べられた。全体と部分についても同様の関係性がある。
テキストを読み上げるのが終わりに近づくと、法王は次のように述べられた。
「インドでは論理学の勉強が盛んでした。そして、私たちはチベットでその伝統を受け継いできました。インド古典仏教の偉大な典籍がチベット語に翻訳され、それによってチベット語が豊かになりました。チベット語は現在、仏教思想を最も正確に表現することができる言語です。私たちがチベットで守り続けてきた仏教の伝統は、世界の宝物のようなものであり、それは私たちが誇りに思うべきものです」
「チベットが政治的に分裂していた時期の後でさえ、チベット大蔵経のカンギュル(仏説)とテンギュル(論書)は団結と調和の源でした。それらは、ウツァン(中央チベット)、カム、アムドというチベット3域ではもちろんのこと、モンゴルやラダックのような隣接する地域でも崇められてきました。私は高等教育を受けていませんが、このチベット大蔵経にはより広い対話に貢献できる知識が詰まっていることを理解しています。例えば、事物はそれ自体の側から実体を持って存在しているのではないという量子物理学の見解は、唯識派の見解と一致しています。違いは、私たちの伝統では、事物がどのように存在しているのかを理解することで、心をよりよく変容させていくことができるという点であり、量子物理学者たちはそのように結びつけていないのではないでしょうか」
「ツォンカパ大師は学んだことを実践に生かされました。私たちも学んだことを自分自身の心になじませていく必要があります。私たちの信仰は理性に基づいているのですから、学んだことを反映させる必要があるのです。以前は、ナムギャル僧院やギュト密教学堂、ギュメ密教学堂、尼僧院では論理学の履修は行われていませんでした。しかし、私は問答を含め、論理学を学ぶように奨励した結果、今ではその学修が効果をもたらしています。僧侶も尼僧も次世代のための良い模範となっています」
最後に廻向の祈りが唱えられ、法王は法座を下りられた。法王は、沿道に並んだ笑顔の人々の中のご友人や見送りの人たちに挨拶をされながら、徒歩で公邸に戻られた。