イタリア、シチリア州タオルミーナ
ダライ・ラマ法王は今朝滞在先のホテルで報道記者との会見に応じられ、次のようにお話を始められた。
「またイタリアに来ることができて、大変うれしく感じています。今回は友人のレナート・アッコリンティ氏にお招きいただき、シチリアを訪れました」
「私はひとりの人間です。そして、私たちは皆同じ人間なのだということを忘れないことが大切だと思っています。なぜなら、私たちは、あまりにも頻繁に、私たちの間の二次的な違いを強調し、その結果、いとも簡単にトラブルや紛争を引き起こしてしまうからです。ヨーロッパのこの地域は多くの難民を受け入れていて、あなたがたも苦難に直面している人々を受け入れ、援助しておられます。素晴らしいことです。しかし、私たちチベット人が最終的にチベットに戻ることを望んでいるように、これらの難民の方々も平和と安全が回復されれば、自分たちの国に戻ることを望んでいます。ですから、避難所を設け、若者が教育や訓練を受けるための施設を提供できれば、帰還後の再建につながることでしょう」
報道記者たちからの教育に関する質問に答えて、法王は次のように述べられた。
「教育システムを改革する必要性があります。現在の教育システムでは、内的な心の価値よりも物質主義的目標に焦点を当てていますが、それに替えて、温かい心の必要性と思いやりや慈悲の重要性を強調すべきです」
そして、法王は、何十年にもわたってヨーロッパの平和を保ち続けてきた欧州連合(EU)の精神に対して、繰り返し敬意を表された。また、チベット人は断固として非暴力であり、独立を求めていないため、この主張を深く支持していると認識していることを述べられた。
「チベットは伝統のある古い国です。私たちは独自の言語、文化、生活様式を持っています。私たちは、インドのナーランダー僧院を源とする仏教文化を千年以上にわたって守り伝えてきました。私たちは、心の働きに関する知識に加えて、論理に基づく教育的アプローチを維持してきたのです。今日、この両方の要素に基づいて、人類の福祉に私たちが貢献できることがあると私は信じています」
法王はホテルからギリシア劇場までの短い距離を車で移動された。ギリシア劇場では、暑い太陽の下、約2,500人の人々が法王のご講演の開始を待っていた。タオルミーナ市長のエリージオ・ジャルディーナ氏とメッシーナ県知事レナート・アッコリンティ氏が法王をステージに案内すると、会場から歓声が上がった。
アッコリンティ知事は改めて法王を公式に歓迎し、次のように述べた。
「法王をメッシーナとタオルミーナにお迎えするという私の夢が実現し、たいへん興奮しています。私は1996年法王にお会いするためにパレルモに行きました。そのとき、法王に手をつかんで引き寄せていただくまで、イベントに参加できませんでした。そして、その場で、法王にメッシーナをご訪問くださるようにお願いしました。あるジャーナリストがこの話を勘違いして、‘知事が招待状をお送りした’ とレポートしていますが、私は当時、県知事になろうとは考えていませんでした。そうなったのは後のことです」
両氏はメッシーナ県からの賞状を法王に贈呈した。この賞は、法王が世界の平和と結束を促進され、対話を実践されてきたことに対する感謝を表したものである。
法王は聴衆に向かってお話を始められた。
「兄弟姉妹の皆さん、私はこの賞をいただき、皆さんにお話する機会を得たことを光栄に思っています。私はこの古代の劇場において、古代インダス文明と、後の時代に結実したナーランダー僧院の伝統を思い起こしています。数々の古代文化の中でも、古代インダス文明は多くの思想家や哲学者を生み出したようです。釈尊は縁起を説かれ、‘独立して存在するものは何もなく、すべてのものごとは他に依存している’と説き示されました。縁起の教えは、‘客観的な実在は何も存在しない’ という現代における量子物理学の主張と共通する点があります」
「今日、物質的には大きく発展しているにもかかわらず、私たちも指導者たちも感情的な危機に直面しています。仏教文献ではこの点について多くのことが説かれています。私たちが自らのネガティブな感情に取り組むこと自体には、宗教は関係ありません。しかし、古代インドの思想家たちが私たち人間の心と感情について語っていることは、現代世界においても重要かつ適切です」
「世界経済と気候変動は国境を超えて影響をもたらします。このことは、私たちはもっと、ひとつの大きな人間社会として行動すべきだということを教えています。ここはかなり暑いですが、私たちはここで平和と平穏を楽しんでいます。しかし、他の場所では、今まさに他の人々は脅かされ、殺され、飢えに遭遇しています。耐え難いことです」
「力を行使しても、世界平和はもたらされません。平和とは心の状態です。暴力を使えば怒りが引き起こされ、さらに暴力が引き起こされます。友情を示すことによって、怒りや恐れをなくしていくべきです。もう一度申し上げたいと思いますが、私は欧州連合(EU)の精神を称讃しています。私たちは他の人々と共存していかなければならないのですから、友人として共存していく方がはるかに良いのです。そして、欧州連合(EU)の精神は、そのために必要なより全体的な見かたをしています」
「私たちの望みを実現するためには、暴力に訴えることは完全に誤った方法です。本当に平和を実現したいのであれば、最終的には武装解除された非軍事的な世界を目指すべきです」
質疑応答の時間となり、最初に出た質問は、北朝鮮に対する危機に対処するために法王はどのようなアドバイスをされるかというものであった。法王は、「双方とも、もっと現実的になり、感情的にならないようにすべきです。心が怒りや疑いや高慢に支配されているときは、常識を逸脱する傾向があるからです」と述べられた。
古代インドの知識と量子物理学の関係についてさらに知りたいという別の質問者に対して、法王は次のように話された。
「量子物理学者は ‘観察者が存在しなければ、観察対象は存在しない’ と述べていますが、仏教の唯識派という学派は‘外部対象は存在しない’と主張し、中観派という学派は ‘他のものに依存しない独立自存の対象物は存在しない’ と言っています」
最後は曼荼羅に関する質問であった。曼荼羅は、複合的に宇宙を表しており、仏教儀礼において用いられるものである。法王は何年も前の出来事を思い起こされて、次のように述べられた。
「以前、日本人仏教徒たちが仏教の聖地ラジギールに大きな平和祈念の仏塔(シャンティ・ストゥーパ)を建立し、インドの大統領を招いて開眼式を行いました。私はそのとき、‘本当の平和仏塔は私たちの心の中に建てるものだ’ とお話しました」
法王は聴衆に向かって感謝の気持ちを表され、手を振られた。そして、ステージから車へ移動されると、昼食のためにホテルに戻られた。
明日の午前、法王はメッシーナのヴィットーリオ・エマヌエーレ劇場で一般講演を行われる予定である。