インド、アルナーチャル・プラデーシュ州タワン
今朝ダライ・ラマ法王は、アルナーチャル・プラデーシュ州ペマ・カンドゥ首相の案内で、イガ・チュンジンの法話会場に到着された。カマラシーラの『修習次第』中編とギャルセー・トクメ・サンポの『37の菩薩の実践』の法話会に参加するために、会場には約5万人の人々が集まっていた。
最初に、ペマ・カンドゥ首相が次のようにスピーチをした。
「タワンはダライ・ラマ6世のご生誕地です。また、ダライ・ラマ法王14世のインド亡命後、最初の法話会はタワン僧院で行われました。法王には、ぜひこの地でカーラチャクラ灌頂を授けてくださるようお願い申し上げます。法王のご健康とご長寿をお祈りいたします」
タワンとその周辺地域に暮らすモン族の人々に向けて、法王は次のように法話を始められた。
「モン族のみなさんが私への信仰と帰依の態度を示してくださり、私はとても感動しています。1959年にチベットからインドへ亡命したときにこの地を通過しましたが、そのときのことを思い出すと、暖かい気持ちになります。私は今朝ここに来る前に、政府公認の新設大学の礎石の序幕式を行いました。そのことを大変うれしく感じています」
さらに法王は次のように続けられた。
「人間の幸せは暖かい愛情から生まれます。皆さんの間で、愛や慈悲の気持ちが大きければ大きいほど、皆さんは幸せになり、満たされていると感じるでしょう。しかし、その中の誰かひとりが怒っていたら、他の全員の心がかき乱されてしまいます。より広い慈悲の心を育むことによって、21世紀を平和の時代にすることができると私は信じています」
「当初の予定ではタワンまでヘリコプターで移動することになっていましたが、天候不順のため変更を余儀なくされ、陸路を車で移動することになりました。しかし、そのおかげで、とても多くの人たちと触れ合うことができました。私を歓迎するために沿道に出てくださった皆さんに感謝したいと思います」
「私は1959年にラサを脱出してインドに亡命しましたが、国境を越えてインドに入ったときに初めて“もう危険はない”と感じました。その時この地域の人々は私に敬意や帰依を示してくださり、私に続いて亡命してきた多くのチベット人たちに対しても非常に親切にしてくださいました。さきほどペマ・カンドゥ首相から、タワンでカーラチャクラ灌頂の伝授をと依頼されました。今はお約束することはできませんが、心にとめておきます」
「ニェングン・スンラブという導師の方が、仏教の教えの分類について述べられています。一つは一般的な教え、すなわち顕教であり、もう一つは特定の弟子に向けて説かれる教え、すなわち密教です。パーリ語の伝統(上座部仏教)には『四聖諦』(四つの聖なる真理)や『三十七菩提道品』(悟りに至る三十七の修行)の教えがあり、サンスクリット語の伝統(大乗仏教)には『般若波羅蜜』の教えがありますが、これらは顕教です。仏陀が比丘のお姿、あるいはマンダラの本尊として現れて説かれた教えは、特定の弟子たちを対象に説き示された密教の教えです。チベットには顕教の教えが広く普及しました。チベット仏教四大宗派のひとつであるサキャ派には十八論書(顕教の教えに関する解説書)がありますし、チベット仏教最古の宗派であるニンマ派には十三典籍(仏教の古典テキスト)があります。しかし、チベットではタントラの教えの方により関心が集まっていました」
「タントラの隠遁修行にどれほど時間を費やしても、どれほど多くの真言を唱えても、あなたの心に良い変化が見られなければ、その修行はあまり役に立ってはいません。しかし、慈悲について考えたり、何年もかけて空性を理解しようと努めるなら、自分自身の心に良き変化が生じていることに気づくことでしょう。私自身は、密教の修行である本尊ヨーガを実践していますが、本当の意味で自分の心を変えることができたのは、空性と縁起についての瞑想であり、慈悲についての瞑想でした」
法王はさらに次のように述べられた。
「私は、ツェレー・ランドゥルというラマの伝記に深く感動したことがあります。この方は、“移動のために動物に乗らない” “菜食を守る” “説法によって報酬を得ない”という3つの誓いを守った方です。また、ゴツァンパという隠棲修行者も“ラマは仏法を説くことで物を得てはならない”と言われました」
法王は聖提婆(アーリヤデーヴァ)の『四百論』第190偈を引用され、「ラマだけでなく、弟子たちも正しい動機を持つべきである」と付け加えられた。
「煩悩という破壊的な感情がもたらす欠点についてよく観察し、解脱を求める出離の気持ちをしっかりと保ち、菩薩の目的である悟りを強く求める熱望の菩提心を育むように努めてください」
法王はカマラシーラの『修習次第』の本文を読み始められて、このテキストの口頭伝授の流れについて述べられた。法王ご自身はサキャ派の僧院長サンゲ・テンジン師からこのテキストについて伝授を受けられた。そして、サムエでこの僧院長に伝授を授けたカム地方出身のラマは、ニンマ派の偉大な導師ケンポ・シェンガの弟子だったそうである。
昼食後、法王は記者会見に応じられ、人間の価値、特に慈悲の心を高めるというご自身の使命についてお話を始められた。
「科学者たちは、人間性の土台には共感や同情がある、と結論づけています。人間性の土台が怒りでないということには、将来への希望が持てます。現代教育では、物質的な目的ばかりが強調され、内的な価値観には十分に目を向けられておらず、これは嘆かわしいことです。現在、学校や大学の学生たちに教えるために、世俗的倫理観を普通教育のカリキュラムの中に組み込むための草案が策定されているところです。今月末には、策定メンバーの方々とお目にかかる予定です。また、ここインドでは長い年月にわたって宗教間の調和が保たれてきました。私はそのことを支持し、称賛しています。政治的責任に関しては、私は、すべての責任を選挙で選ばれたリーダーに委譲しました。しかし、チベットの環境問題とチベットの文化と言語が消滅の危機に瀕していることについては非常に憂慮しています」
明日、法王は千手千眼観自在菩薩の灌頂を授けられ、その後、ダライ・ラマ6世ツァンヤン・ギャツォの生誕地であるウゲンリンを訪問される予定である。