2017年8月13日
インド、マハラシュトラ州ムンバイ
ダライ・ラマ法王は、「異宗教間の対話による世界の平和と調和」と題するセミナーに出席されるため、壮大なバンドラ・ウォーリ・シーリンク(海上高速道路)を通ってインド国立スポーツクラブのドームへ車で移動された。会場に到着されると、法王は主催者であるジャイナ教の指導者ロケーシュ・ムニ博士に出迎えられ、歓迎の太鼓とホルンの音が万雷のように響き渡った。
異宗教間の対話の参加者たちは、ロケーシュ・ムニ博士に率いられ、法王とヨガ指導者のババ・ラムデブ氏とともに舞台に上がると、熱烈な拍手で迎えられた。開会式で共にランプに火を灯されると、それぞれに伝統的なショールと記念品がお祝いとして贈られた。
最初にピユシュ・ゴヤル電力・石炭・新エネルギー・再生可能エネルギー・鉱山担当国務大臣がスピーチを行った。ナグプールの国立がん研究所の開所式に参加するため、この後すぐに会場を発つためである。大臣は、“私たち全員が尊敬する世界的に有名な精神的指導者”として法王を称えるとともに、ロケーシュ・ムニ博士はその人生を平和と調和に捧げており、全国から人々を集めるために尽力することを真の使命として、このセミナーをまとめられたことを誇りに思うと述べた。
ゴヤル氏は、現在、気候変動とテロリズムが世界で最も大きな課題のひとつであるとして、インドは大気汚染について対策措置を講じているが、寛容できない思想が社会にもたらすダメージについても認識する必要があると指摘した。最後に、インドが5つのP、すなわち力(power)、繁栄(prosperity)、名声(prestige)、喜び(pleasure)、地位(position)を成し遂げるようにという大志を掲げてスピーチを終えた。平和大使の役割を果たしているボリウッド俳優のヴィヴェーク・オベロイ氏も、大臣とともに国立がん研究所の式典に参加するために会場を退場した。
宗教間の平和と調和について最初にスピーチをしたのは、イスラム教指導者のマウラナ・カルベ・サディック博士で、彼は最高裁判所で現在審理されているバーブル・モスク(Babri Masjid)事件に言及した。もし、判決がヒンズー教徒の社会を支持するならば、イスラム教徒の社会はそれを受け入れなければならず、逆にもし、イスラム教徒の社会に有利な場合は、贈り物をすることが紛争を解決する方法であることから、相手方に土地を提供すべきであると述べた。シーク教の指導者ギアニ・グルバチャン・シン氏は、それぞれの宗教は見かけの違いがあっても共通のメッセージを伝えていることから、すべての宗教の間には一貫性があると述べた。
ジャイナ教の指導者ロケーシュ・ムニ博士は、ヨガ指導者のババ・ラムデブ氏に賛辞を送り、ヨガに関する幅広い関心を呼び起こした。また法王が推奨されているように、学校の教育カリキュラムに平和と非暴力についての学習を盛り込む必要があることから、紛争の場では暴力に訴えがちだが、それを極力抑え、対話によって解決をはかるべきだという法王のメッセージを伝えることを提言した。
ババ・ラムデブ氏は、インド軍のモットーである「母なるインドの勝利(Bharat Mata ki Jai)」という特徴ある朗読で話を始めた。広範な演説の中で、中国は、すべての主要な宗教が平和と非暴力について説いていることを認識すべきであり、異なる宗教が共存するインドは対話を始める準備ができているが、もし相手が戦争を望むならこちらもその準備ができていると語った。ジャイナ教の指導者ナムラ・ムニ氏が、そろそろ昼食の時間であり、法王をお待たせしたくないと述べた。
法王はその歩みを助けられて演台に就かれると、いつものように話し出された。
「尊敬する精神的な兄弟と・・・あ、姉妹はいらっしゃいませんね?」とまわりを見渡してから、次のように続けられた。
「誠実にご自分の修行をされるだけでなく、問題解決にあたり非暴力という手段をとっておられる精神的な指導者の皆さんと、この素晴らしい集いに参加できて大変嬉しく思っています。いつもみなさんにお話ししていることですが、私は今生きている70億の人間のひとりにすぎないと考えています。精神的にも感情的にも、そして肉体的にも、私たちは同じ人間です。ここにいる私の友人の中には顔にたくさん毛が生えている人もいますが、私にはありません。しかし基本的には同じ人間です」
「この国では何千年もの間、非暴力(アヒンサー)に基づく実践の道を歩んできましたが、それはカルーナ、つまり慈悲の心に動機づけられています。もし私たちが自己中心的な態度をとったり、作り笑いをしたり、甘い言葉で他者を欺こうとするならば、それは一種の暴力的な行いです。その一方で、私の家庭教師の先生方のように、親や先生が厳しい言葉を使ったとしても、それが子供の幸せを思う気持ちから出たものならば、それは非暴力の行いです」
「ですから、暴力と非暴力の区別は、ただ行為そのものによるのではなく、その動機によるのです。だからこそ私たちは、カルーナという慈悲の心にもっと関心を持つ必要があります。思いやりの心は私たち人間の基本的本質であると科学者たちが述べています。また、絶えず恐れや怒り、疑いの心を抱くことは免疫機能の低下につながりますが、思いやりの心は私たちの健康を増進させる効果があるとも言っています」
「教育において、心と感情の働きに関する古代インドの知識にもっと関心を持つならば、どうすれば心の平和を達成できるかを学ぶことができるでしょう。その実現に向けて、幼稚園から大学に至るまでの教育カリキュラムを教育の専門家や科学者たちとともに作成し、世俗的な倫理観に基づいてこれを実行することを私は提案しています。世俗的な倫理観という意味は、偏見をなくし、すべての宗教的な伝統を尊重するだけでなく、信仰をもたない人々の見解をも尊重するということです。インドが現代教育と古代インドの知識を結びつけることができれば、70億の人間すべての幸せに大きく貢献できることでしょう」
法王は、教育と常識に基づいて、いかにしてより幸せで平和な世界を築くかということに関する認識を高めるべく尽力していることを語られた。「インドで58年間を過ごし、ここで生まれた宗教的伝統が外から入って来た宗教的伝統と調和を保って共存していることを賞賛とともに見てきました。この点に関しては、インドは世界で唯一のよき模範です。宗教的信仰が紛争の原因になるはずはないと思いますが、例えばスンニ派とシーア派の伝統のように、同じ信仰の中で現在紛争が起きている場所もあります。しかし、インドではそのようなことは見られません」
「私はどこを訪問していても、宗教的な調和といえば、異なる宗教的伝統が互いに尊重しあって共存しているインドこそ、生きた手本であると伝えています」
「また、私はチベット人として、偉大な導師であったシャーンタラクシタ(寂護)が8世紀に初めてチベットにもたらした古代インドの知識を守るということを心がけています。それは私たちがナーランダー僧院の伝統を保持してきたことにも表れており、中華人民共和国の仏教徒はそのことをますます高く評価するようになっています。インドの方々は私たちチベット人の師匠です。そして、私たちは信頼できる弟子であることを証明してきました。哲学、論理、心の働きの理解といったこれらの伝統を生きたものとして引き継いできたのですから。今、私はインドでこの古代の知識を復活させるという試みに取り組んでいます。教育に関して、現代的なアプローチと古代の知識を組み合わせることができる唯一の国であると思うからです」
法王と数人の精神的指導者たちは、心からの友情を示しながらともに昼食を取られた後、それぞれの帰途につかれた。