昨日、ダライ・ラマ法王はブリュッセルに到着された。強い日差しと晩夏の陽気に包まれたブリュッセルは欧州連合(EU)の中心的存在である。滞在先のホテルに到着した法王は、350人のチベット人から心のこもった伝統的な歓迎を受けられた。
11時間の睡眠を取られたダライ・ラマ法王は今朝、本日最初の公務としてベルギーの公共テレビ局RTBFの編集主任であるフランソワ・マズレ氏のインタビューを受けられた。最初にマズレ氏は、明日から開催される心と生命会議の議題である「愛と慈悲に基づく力とケア」について法王に質問した。マズレ氏は「力とケア」、この二つがどのようにともに働くのかを法王にお尋ねした。力は能力と関連性があり、また効果的存在であると法王は述べられた。しかし、力は建設的であると同時に破壊的な面も持ち合わせているが、一方で、ケアは他者の命の尊重、権利、幸福を示していると説明された。力は他者に利益をもたらすために使われることが望ましいと述べられた上で、法王は次のように続けられた。
「慈悲の心は人間の生命、私たちの生存、そして人間社会に関係性があり、すべての伝統的宗教のメッセージのひとつです。今日、教育機関や生活様式が物質的向上を目的として掲げていることから、私たち70億の人間は様々な問題に直面しており、宗教だけが内面的価値に意識を向けています。しかし、私たち全員が宗教に関心を持っているわけではなく、また宗教を信仰していても真剣にその教えを実践している人は多くありません」
マズレ氏は、最近ベルギーを含むヨーロッパで起こっているテロ攻撃について触れ、怒りの心を持った人たちへのお言葉を法王に求めた。法王は、チベット人も同じような困難に直面しており、中には腹を立てている人たちもいるが、そのような人たちに対しては、怒りが解決をもたらすことはなく、ただ自分の心の平和をかき乱すだけであると話していると述べられた。
法王は、9・11同時テロの次の日に、友人であるジョージ・ブッシュ前大統領に宛てて書いた手紙について語られた。法王はテロの犠牲者に対する遺憾の意を伝えるとともに、非暴力で対処されることを願っている、と述べたことを語られた。もしアメリカがイラク危機に非暴力で対応していたら、今日の状況は全く違ったものになっていたのではないかと語られた上で、法王は、武力行使は問題解決の手段ではなく、より多くの問題を引き起こす原因であると繰り返し述べられた。信仰を持つ者がテロ行為に走った時点で、真のイスラム教徒や仏教徒などではなくなるのだから、『イスラム教テロリスト』や『仏教テロリスト』などと呼ぶのは間違っている、と法王は明言された。
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ベルギーの公共テレビ局RTBFのフランソワ・マズレ氏の質問に答えられるダライ・ラマ法王。2016年9月8日、ベルギー、ブリュッセル(撮影:ジェレミー・ラッセル / 法王庁)
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20世紀のヨーロッパでは、二度の世界大戦により国々は破壊され、何百万人もの尊い命が奪われたが、欧州連合の成立は人間が成熟したことを示す明らかなしるしである、と法王は述べられて、次のように続けられた。
「より良い世界を築くためには、より完全な教育機関を作ることが必要であり、それは、現代教育のカリキュラムの中に他者への思いやりとやさしさを培う心の訓練を取り入れることが鍵となります。近年の科学的知見により、思いやりの心が人間の基本的な資質であるということが実証されたことはとても大きな望みです」
次にマズレ氏は、次期ダライ・ラマが女性になる可能性について、また、これから多くの女性指導者が選出された場合、世界はより良い方向へ進むかどうか、法王のご意見を求めた。法王は、数年前にパリの雑誌記者から同じ質問を受けた時、女性のダライ・ラマの誕生はとても望ましいことであり、その可能性は非常に高いと返答したことに言及された。また現在、世界には約200ヶ国が存在するが、これらの国々の指導者が女性であったなら、このように多くの殺し合いは起こらなかったのではないか、と語られた。
法王は、気候変動の影響や自然災害の増加は私たち全員に影響を与えているのだから、自然環境の保護は非常に重要であると述べられた。法王が2011年に政治的指導者としての立場から退かれたのは、落胆や否定的な理由からではなく、インドに亡命して以来、チベット人社会に民主主義を確立するために努力してきたことを実現させただけである、とアズレ氏に強調された。
「2011年に政治的責任から完全に退いて以来、私はチベットの豊かな仏教文化、言語、そしてチベットの自然環境の保護に力を注ぐことに専念しています」
会議の終盤で、法王は、「私の命が尽きる時が来たら、来世は私が役に立てる場所に生まれ変われるようにと祈りながら旅立つつもりです」とアズレ氏に話された。
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サン・ルイ大学に到着され、ドイツ人の欧州議会議員でチベット支援者のトーマス・マン氏と挨拶を交わされるダライ・ラマ法王。2016年9月8日、ベルギー、ブリュッセル(撮影:オリビエ・アダム)
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法王が乗られた車は、ブリュッセルの幅広い石畳の車道に沿って、路面電車と線路の間を縫うようにサン・ルイ大学への短い道のりを進んだ。欧州議会チベット支援グループ(The Tibet Interest Group / TIG)会長のトーマス・マン氏、ロブサン・センゲ首席大臣、そしてチベット議会議長のケンポ・ソナム・テンペル氏が法王のご到着を出迎えて、開会式会場の中まで案内した。法王は会場の中に入ると、前列席に沿って歩きながら法王のご到着を待っていたたくさんの古いご友人と握手を交わされて、手を振りながらステージへと進まれた。法王は盲人の人権保護活動家、陳 光誠氏の前で立ち止まられ、眼鏡をはずして陳氏の手を取って、自らのお顔に触れさせて挨拶をされた。
司会を務める国際チベット・キャンペーン(ICT)ヨーロッパ支部のツェリン・ジャンパ女史が、第7回チベット支援団体国際会議の参加者たちを歓迎した。ジャンパ女史は50カ国から250人の代表者がこの会議に参加していることを発表し、ブリュッセルという土地がこの会議を開催するにふさわしい場所であることに触れた。その理由として、私たちが中国の経済拡大に直面している今、欧州連合のような組織が今後の方針を適切な形で発展させていく必要性が高いからである、と説明した。ジャンパ女史は、開幕の祈りの指揮を取るメトク・リンポチェを壇上に招いた。
会議の最初の講演者は、欧州議会においてチベット人の支柱となる役割を果たしているトーマス・マン氏であり、まず参加者たちを歓迎の言葉で迎えて、第7回チベット支援団体国際会議が中国政府に声明を送る機会を提供したことを発表した。マン氏は、欧州議会とヨーロッパ社会は、チベット人の兄弟姉妹を支援する所存であると発言した。マン氏に続いて壇上に上がった欧州経済社会委員会前会長のヘンリー・マロッセ氏は、自身がコルシカ島の出身であることから、人々がアイデンティティー保護のために奮闘する苦しみを個人的に理解できる、と会議参加者に向けて語った。マロッセ氏は3月10日の集会演説のためにダラムサラへ行った時、現地の中国大使の立腹した態度を回想して語った。マロッセ氏は状況の進展を図るために、この二国間の対話の遂行を奨励すると述べた。
「人権、平等権、そして政治的自由について語ることを決して忘れないでください。これらの権利について欧州連合は、小さな国には厳しく接するのに対し、なぜ中国に対しては控えめな対応なのでしょうか? チベット問題は私たち全員に影響を与えます。なぜなら、この問題における私たちの反応次第で、私たちの価値観が示されるからです」
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第7回チベット支援グループ国際会議の開会式で演説するロブサン・センゲ主席大臣。2016年9月8日、ベルギー、ブリュッセル(撮影:オリビエ・アダム)
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人権分科委員会の副委員長であり、欧州議会外交委員会のメンバーでもあるクリスチャン・プレダ氏は、欧州議会はチベット問題を広範囲にわたって支持するため会議を開催することを保証する、と述べた。プレタ氏は、中国政府は中道のアプローチを拒絶しているが、会談を開始することこそ早急に必要とされている問題である、と示唆した。
始めにロブサン・センゲ首席大臣は、チベット人にとってチベットの生命と魂であり、希望の指針であるダライ・ラマ法王の目前にいられることを栄誉に思う、と挨拶をした。また中央チベット政権の代表者として会議の参加者たちに謝意を表し、私たちが必要としているのは年長者の智慧と若者の熱意ではないか、と問いかけた。そして、「これらがあれば、私たちは成功するでしょう。そして、チベットに住むチベット人たちの願いを叶えることができるでしょう」と断言した。首席大臣は、次の2年間は中国内で大きな変化が起こる可能性があるため、チベット問題を解決するための会談を始める重要性がある、と指摘した。
チベット人は依然として弾圧され続けており、チベットの地は未だに占領下にあるのが厳然たる事実である。そして最近、このような厳しい状況に絶望した3人の尼僧が自殺を図った。また、センゲ首席大臣は、近年では144人ものチベット人が抗議の焼身自殺を図ったことに言及し、平和的解決を見つけ出だすこと、そして中道のアプローチの手段を用いて、良い結果を出す確固たる決意を表明した。首席大臣はスピーチの結びに、いつかチベット人がトゥルナン寺、ラモチェ寺、そしてポタラ宮の前に位置するカーラチャクラ・グラウンドに戻れる日が来ることを確信している、と語った。
ツェリン・ジャンパ女氏はセンゲ首席大臣の高揚感のあるスピーチに謝意を表し、「私たちは必ず変化を起こす」と確信したことを参加者に述べた。次にジャンパ女史は、フランドル議会のジャン・パウマン氏を紹介した。パウマン氏は、平和的手段で私たちの主張を実現するために斬新な考えを出すという決意を語った。パウマン氏や彼と同じ出身国の人々は、チベット人とは異なった大陸に住み、容姿も異なるが、全員に共通して言えることは「私たちは皆同じひとりの人間だということです」と述べた。
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第7回チベット支援グループ国際会議に参加した世界50カ国からの250名を超える代表者たち。2016年9月8日、ベルギー、ブリュッセル(撮影:オリビエ・アダム)
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当初、演説の予定はなかったリチャード・ギア氏がステージに上がり、私たちは、中国の経済力の増進によって打ち負かされたと受け取るよりも、世界全体が成長する機会の一つでもあると認識して、今日のこの会議を機に再びこの件について熟考し、各個人が明白なビジョンを持つようにと参加者たちに呼びかけた。「私たちは、子どもたちに住んで欲しいと思うような世界を築き上げる努力をするべきです。法王の公正さと正義を指針として、私たちは中国人を兄弟姉妹と見なすべきです。前を向いて、明るい未来を見ましょう」とギア氏は語った。
ジャンパ女史は、世界中のチベット支援者たちが立ち止まることなく共通の目標に向かって歩み続けているのは、チベットに住むチベット人同様、ダライ・ラマ法王からいただく様々なインスピレーションのおかげであると述べて、法王をステージにお招きした。
「私たちは皆同じひとりの人間であると言う理由から、私は形式張った話し方をするのが好きではありません。私自身、今日地球上に生きている70億人の中の一人に過ぎないからです。20世紀を振り返ってみると、非常にたくさんの殺戮や暴力が起きてしまいましたが、それは私たちが、問題を解決するためには武力が必要だと考えていた結果です。しかしこの地球上では、お互いがお互いに依存することで私たちは生きていくことができるのですから、武力行使という考え方はもう時代遅れです。チベット仏教文化の心髄は、この世界の全人類が必要としている平和、非暴力、そして慈悲の心です。私はこの70億人全員に、もっと思いやりに溢れた世界を築き上げるための努力をする責任があると信じています。その努力の結果は、これから10年経っても実現していないかもしれません。けれども、今そのための努力を始めれば、今世紀中に良い結果をこの目で見ることができるでしょう」
「“問題を解決するためにできることはどのようなことでも実行するように、しかし問題が解決不可能な時は心配してもしかたがない”と言われているシャーンティデーヴァの教えに基づいて、私は自分にできることは何でも実行するようにしています。その結果、私は常に穏やかな心の状態を保っています」
「人間の基本的な性質は慈悲深いという科学的知見は希望の源です。私たちは皆平等であるということを常に心に留めて、全人類の幸福について考えていかなくてはなりません」
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第7回チベット支援グループ国際会議の開会式でお話をされるダライ・ラマ法王。2016年9月8日、ベルギー、ブリュッセル(撮影:オリビエ・アダム)
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法王はご友人やチベットを支援する人たちに、広い視野に立って物事を考えるように求められた。人類の幸せと、異なる宗教間の調和を献身的に推進する法王を、参加者たちもまねるようにと語りかけられた。また、法王ご自身はチベット人であり、チベット人は法王に心からの信頼を寄せていることも述べられた。幼年時代から民主主義に興味を持っており、チベットの改革を実行することに失敗してからは、亡命者としての立場から民主主義の確立に取り組まれていることを述べられた。その結果として、2001年に選挙によって政治的指導者が選ばれた時、法王は政治的責任から半ば引退され、2011年には完全に政治的指導者としての立場から引退された。法王は自ら望んで、ダライ・ラマの政治的指導者としての役割に完全に終止符を打たれたのである。
政治的責任から引退したことで、チベット文化と言語を保持する活動に力を注ぐことができるようになったと法王は述べられた。その活動の一つとして、現代の科学者たちとの対話を定期的に続けられている。この対話に参加している多くの科学者たちが、チベット仏教文化が持つ心と感情についての経験と理解に深い関心を示している。
「大切なのは怒り、恐れ、疑いなどのネガティブな感情(煩悩)が心をかき乱す原因となっていることを理解することです。これらの悪い感情は暴力につながります。ただお祈りすることは大して役に立ちませんが、このようなネガティブな感情を持った人を理解すること、思いやりの心を育み実践すること、そして偏見の目を持たずに執着から自由になることはきっと皆さんの役に立つでしょう」
法王は、チベット人、中国人、そして世界全体のためにチベット高原の本来の自然環境を保つことがいかに重要であるかについて触れられて、チベットに関しては問題があると述べられた。現状はチベットだけでなく、中国にとっても良くないので、問題を解決するべきであると法王は明言された。目先の視点からは、銃などの武器は強力に映るかもしれないが、長い目で見てみると、真実の力の方が勝るという信念を示された。最後に、中国共産党のような指導者や政府はその時々で変わっていくが、全体としての民衆はとどまり続けるのだから、中国はコミュニケーションを通して世界とのつながりを高めていくことが必要であり、中国の人たちが仏教、チベット問題、そして非暴力に対する共感を持ってくれていることは意義深いと、法王は述べられた。
会議の最後に、ベルギーのチベットの友(レ・アミ・ドゥ・チベット)の会会長、マーク・リジオア氏が感謝と決議の言葉を述べた。法王は参加者たちと交流されながら会場を後にし、滞在先のホテルへと戻られた。明日法王は、心と生命会議「愛と慈悲に基づく力とケア」に参加される。