インド、ジャンムー・カシミール州ラダック地方 ティクセ村
ダライ・ラマ法王は、ティクセ村を発たれる前に、ティクセ僧院から南に1キロほど離れたニャルマのガンデン・チャトニャンリン尼僧院を訪問された。尼僧院に向かわれる途中、法王は、高名なチベットの翻訳官リンチェン・サンポが11世紀に建立した僧院の一部である寺院と仏塔の遺跡に立ち寄られた。そして遺跡のなかの大日如来堂に入られた際、この場所において人々が定期的に集まり、祈願文を読誦したり、仏教についての議論を交わしているとの情報が法王に伝えられた。それに対して法王は、ここはリンチェン・サンポによって加持された特別な場所なので、少なくとも一年に一度は皆で16巻の『般若経』を読み、仏教についての議論を交わし、リンチェン・サンポから受け継いだ遺産を継承していくようにすれば大変素晴らしい、とアドバイスされた。そのようにすることで、この地方に吉祥な機運が生じ、障害を防ぐ助けにもなるだろう、と法王は述べられた。そして大日如来堂の外の階段を降りられる際、再度、次のように述べられた。
「私は81歳ですが、今でも自分は生徒であると思っていますし、時間が取れるときにはいつでも、仏典を読み、それについて考えを巡らしています。皆さんもそうされたらいいと思います」
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ガンデン・チャトニャンリン尼僧院でお話をされるダライ・ラマ法王。2016年8月12日、インド、ジャンムー・カシミール州ラダック地方(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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法王が、ティクセ・リンポチェが座主を務めるガンデン・チャトニャンリン尼僧院に到着されると、長老の尼僧が法王を出迎え、本堂にご案内した。法王は堂内で礼拝してから法座に着かれ、お話を始められた。そしてリンチェン・サンポがこの地の人々を教育するために尽力されたことに言及して、次のように述べられた。
「この地域では千年以上に渡って、律蔵・経蔵・論蔵という仏陀の教えの三種類の収集(三蔵)と戒律・禅定・智慧を修行する三つの実践修行(三学)が重んじられて来ました。そして現在、ここには尼僧院が建っています。ですから尼僧である皆さんも、三蔵にまとめられた教えを学び、三学の修行を実践しなければなりません」
法王は、チベットとヒマラヤ地方の尼僧たちのなかにも修学に秀でた者が現れたので、その尼僧たちには仏教博士の称号が与えられるべきであるとおっしゃって、次のように続けられた。
「私は何年も前から、亡命先の尼僧院でも仏教哲学を勉強しなければならない、と主張してきました。そして今年、尼僧のなかで無事修学過程を修了した者に、ゲシェマという女性仏教博士の称号が与えられることになっています。ですから私は、皆さんにも是非古典的な論書を学んでいただきたいと思います」
尼僧院でのお話の締めくくりとして、法王は文殊菩薩の真言の口頭伝授を行なわれた。そして法王は、文殊菩薩に祈願し、真言を読誦することは智慧が増すきっかけとはなるが、もっと重要なことは教えを学び、自分の知性を磨くことであると説明された。
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ティクセ村にあるシーア派のモスクで、イスラム教徒の人々にお話をされるダライ・ラマ法王。2016年8月12日、インド、ジャンムー・カシミール州ラダック地方(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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ティクセ村のランビルプラ地区にあるシーア派のモスクに到着されると、法王はイスラム宗教文化団体のメンバーに迎えられた。全員が着席し、法王に対する歓迎の言葉が述べられると、法王はそれに答えて次のようにお話を始められた。
「今日は、イスラム教徒の皆さんにお目にかかることができてとても光栄です。お招きありがとうございます」
法王はインドで、特にラダック地方で目にすることのできる宗教間の調和についてふれられ、ラダックではイスラム教徒と仏教徒が大変友好的な関係を築いており、それは称賛に値するものであると述べられた。しかし、このような異なる宗教間のあたたかい友情は、ラダック地方に限定的なものにしておいてはならず、国中、世界中、特にアラブ諸国に広めなければならない、と法王は主張された。米国で9.11同時多発テロという悲劇が起きて以来、法王はイスラム教を擁護する発言を率直に表明されているが、それは世界で“イスラム教と欧米との衝突”が起きている、という歪んだ理解を払拭するためである、と説明された。法王はラダックのイスラム教徒の友人たちに、宗教間の調和を築くための運動を始めるように促され、ご自身も加わることを請け合われて、次のように述べられた。
「皆さんがもしそのような運動を始めるのであれば、皆さんとご一緒するときはターキーヤ帽(イスラム教徒の帽子)を被るように、私も喜んでそこに加わりましょう。今日の世界には多様な宗教が存在しているのですから、お互いに仲良く暮らす必要があることを、人々がもっと理解するように働きかけなければなりません。そして、一般に受け入れられている慣習や実践についても、それをよく観察し、もし時代遅れになったものがあれば止めるようにするのがよいでしょう」
その後、法王は聴衆からのいくつかの質問に答えられ、最後に講演の主催者に謝辞を述べられてから、ティクセ僧院の近くにあるホテルへと出発された。昼食後、法王は、ラダック自治山間開発会議の議長によって創設されたシェイ村のラムドン・モデルスクールに車で向かわれた。法王が学校に到着され、ステージに向かって歩いていかれると、道の両側に並んだラダックの女性たちが伝統的な歓迎の歌で法王をお迎えした。そしてラムドン・モデルスクールの生徒たちは文殊菩薩への祈願文と真言を読誦し、続いてインド国家を斉唱した。
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シェイ村のラムドン・モデルスクールで行なわれた講演会に集まった聴衆に挨拶をされるダライ・ラマ法王。2016年8月12日、インド、ジャンムー・カシミール州ラダック地方(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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ラダック自治山間開発会議の議長は、レーのラムドン・モデルスクールの分校としてこの学校が創立された経緯を説明し、法王をこの学校にお迎えすることが長年の願いであったと語った。そして、今、学校中が法王のお加持で充たされた、と述べた。
それを受けて法王は、先ほど生徒たちが読誦した文殊菩薩への祈願文のなかの、「わが心の闇を取り除く文殊菩薩に礼拝いたします」という偈を引き合いに出され、私たちには、すべての現象をあるがままに見る能力が欠けており、そのような無知の闇が、知識と智慧によって取り除かれなければならない、と述べられた。また法王は、先ほどご自身の肖像画にサインをされたことについてふれられ、一般教養に加えて、仏教哲学を学ぶ必要性を生徒に思い起こしてもらえるように、肖像画のサインとして “仏教哲学の唱導者”と書かれたことを伝えられた。
そして、「智慧を得るためには、ただ祈願文を読誦しているだけでは充分ではありません。一生懸命勉強することが必要です」とアドバイスされた。
法王は最後に、列席者全員に対してお礼の言葉を述べられ、シワツェルの法王公邸に戻って行かれた。