年次総会の本会議が始まる前に、法王は、レディー・ガガ氏によるインタビューを受けられた。その模様は、ガガ氏のフェイスブックのインターネット生中継を通して配信された。ガガ氏は、フェイスブックにあらかじめ寄せられた法王への質問をお尋ねするなかで、自尊心の欠如や自傷行為をはじめとするさまざまな問題に直面している若者たちの力になるには何をするべきかお尋ねした。法王は、次のように答えられた。
「私たち人間は、本質的にやさしく、思いやり深いものであるにもかかわらず、現代教育においては外面的な価値観や物質的発展に重きをおく傾向にあります。人間は常に問題に直面するものですが、心が穏やかであれば、状況を改善することができます。怒りが生じてきても、心の奥深くに穏やかさを維持しているならば、よりよい状況を生み出すことができるのです」
「人間は、社会的な生活を営んで生きていく動物です。つまり、私たちの未来は他の人々に依存しているのです。ですから、愛や思いやりといった心のよき本質に重きをおくことこそ、教育の正しいありかたなのです」
次に、どのような瞑想が最も効果的でしょうか、という質問に、法王は、二種類の瞑想があることを説明された。ひとつは、特定の対象に一点集中する瞑想で、たとえば、汚れのない心の本質を瞑想の対象として一点集中してとどまる瞑想である。もうひとつは分析的な瞑想で、瞑想の対象について深く考察し、その本質を探る瞑想である。法王は、個人的には分析的な瞑想のほうがより多くの充足感と効果があると感じている、と述べられた。
このような暴力が蔓延した世界において、どのように平和を見いだしていけばよいでしょうか、という質問に、法王は、「広い視野に立って、さまざまな角度から物事を見ることです。間近で見たときには最悪の事態に思われても、数歩下がって見渡してみると、思ったほどひどくなかったと思えるものです。最悪の出来事にさえ、じつは良い面があったことに気づくかもしれません」
「何があろうとも、希望と自信を持ち続けることが大切です」

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全米市長会議におけるダライ・ラマ法王の基調講演に先立ち、法王の紹介をするアン・カリー氏。2016年6月26日、アメリカ、インディアナ州 インディアナポリス(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁)
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全米市長会議の時間になり、法王は、アメリカのテレビ番組の司会者でジャーナリストでもあるアン・カリー氏のエスコートを受けて登壇された。法王が着座されると、アン・カリー氏は会場の人々に法王を紹介し、このような不安定な時代にあり、人々は世界がばらばらになりつつあると感じている、としたうえで、次のように語った。
「本日お招きしたダライ・ラマ法王は、私の宗教は思いやりです、とおっしゃいます。法王は16歳のときに自由を失い、さらに24歳のときに国を失って亡命者となられました。古典的な仏教のテキストを入念に学んでこられた一方で、現代科学にも深い造詣をお持ちです。法王は、人間は本質的に思いやり深いものであることを科学が証明しているということは、この確証を土台として希望を築くことができるということである、と述べておられます」
法王の講演に先立ち、ローリングス・ブレイク市長は、2本の短いビデオを上映した。「思いやりの街」づくりに取り組むケンタッキー州ルイビル市のグレッグ・フィッシャー市長と、「やさしさの街」づくりに取り組むカリフォルニア州アナハイム市のトム・テイト市長の映像である。かつて法王は両市を訪問し、市長たちを激励するとともに教育を通して思いやりを育むことの大切さを語られている。
200名を超える市長をはじめとする聴衆が立ち上がり、法王を演壇にお迎えすると、法王は次のように述べられた。
「どうぞお座りください。本日は、お招きいただき、ありがとうございます。アメリカという大国の、これほど大勢の市長の皆さんにお目にかかる機会をいただき、大変光栄です。私は常々、アメリカは自由世界の先頭に立つ国であると考えています。またアメリカは、技術革新国としても知られています。皆さんは、自由、平等、民主主義を行動の指針として掲げておられますが、これは本質的に、思いやりや他者を尊重すること、他者の幸せを考えることに関連しています。つまりこれらはスローガンではなく、心の持ちかたに関することなのです。ゆえに私は、この国が先頭に立って、思いやりのあるよりよい社会を築いていくことができると信じています」

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全米市長会議で基調講演をされるダライ・ラマ法王。2016年6月26日、アメリカ、インディアナ州 インディアナポリス(撮影:クリス・バーギン)
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「この小さな青い地球で、私たちは気候変動という問題に直面しています。人口は増え続け、自然資源は減り続けています。その他にも多くの問題に直面していますが、主要な問題の多くは、私たち人間がつくり出したものです。だれもこのような問題を望んでいませんが、私たちがあまりにも自己中心的で、他の人のことを十分に考慮していないがゆえに問題をつくってしまっているのです。“私たち” “彼ら”という区別をすることは争いにつながり、ときには戦争にさえつながりかねません」
「20世紀はすさまじい暴力の世紀でした。歴史家たちのなかには、2億人が暴力によって殺されたという人たちもいます。このような犠牲の結果、より平和で、よりよい世界が生まれたというのであれば、これほどの犠牲を払った価値があったと思う人がいるかもしれませんが、そのような結果にはなっていません。つまり私たちが克服しなければならないのは、争いの原因である怒りや嫉妬、利己心といった破壊的な感情(煩悩)なのです。そのためには、私たち人間が持って生まれた思いやりという性質を培わなければなりません」
法王は、私たちはみな、母親のおなかのなかで人生が始まる、と述べられた。そしてこの世に生を受けると、母親は愛情を込めて子どもを守る。穏やかな心が健康を増進させる一方で、絶え間のない恐れや怒りが免疫機能を低下させることを科学者たちは明らかにしている。法王は、ご自身のことを例に挙げて、まもなく81歳になるが、60代の顔に見えると友人たちに言われるのは心が穏やかだからである、と述べられた。美しいことはよいことであるが、何よりも大切なのは、あたたかい心という内面の美しさなのである。
法王は、穏やかな心があらゆる人にとって役立つことに気づく必要がある、と述べられた。そして、普通教育のカリキュラムの中で心のあたたかさや思いやりを育む授業が試験的に実施されていることについて語られた。法王は、「やさしさの街」のバッジをかばんから取り出すと、「思いやりの街」を目指すルイビル市と「やさしさの街」を目指すアナハイム市のすばらしい思いつきを讃えられた。
「明るい未来を築くための両市の取り組みに、私は大きな勇気をいただいています。私はまもなく81歳ですので、これらのプロジェクトが充分に成長したすがたをこの目で見ることは難しいかもしれませんが、私たちは思いやりについて単に理論を語るのではなく、実際の行動として実行していかなければなりません。ここにおられる皆さんは、その偉大な貢献ができる方々であり、皆さんをお手本とすることで、他の国々も後に続くことができると思います」

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全米市長会議のパネルディスカッションで、レディー・ガガ氏の意見に耳を傾けられるダライ・ラマ法王。2016年6月26日、アメリカ、インディアナ州 インディアナポリス(撮影:クリス・バーギン)
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レディー・ガガ氏が、思いやりについてお尋ねすると、法王は次のように語られた。
「思いやりのすばらしい点は、惜しみなく与えられることです。どれほど与えても、受け取っても、尽きることは決してありません」
パネルディスカッションのなかで、ガガ氏は、アメリカには調和が欠けているということを述べたうえで、思いやりはそれに対する最もコストのかからない治療薬であり、お金では買えないすばらしい結果をもたらしてくれる、と語った。これを受けて、企業家で慈善活動家のフィリップ・アンシュッツ氏は、トム・テイト市長は市長選挙で思いやりの大切さを掲げて当選した、と述べ、「ここにいる皆さんは実行力のある方々です。思いやりは、私たちのだれもが活用できるものなのです」と語った。
そこで法王は、ご自身の経験を踏まえて次のように語られた。
「病院に入院して治療を受けているとき、お医者様やスタッフが笑顔でやさしく接してくださると、非常に回復が早いものです。それは心に不安がなく、安心していられるからです。逆に、いかめしい顔つきで、まるで機械を修理するかのように扱われたならば、とても不安な気持ちになってしまうことでしょう」
レディー・ガガ氏は市長たちに向けて、市長の皆さんには、若者たちの生活に穏やかな影響をもたらすような存在であってほしい、と呼びかけた。法王は、「許し」の概念を説明すると、悪しき行為については、「行為そのもの」と「行為者」を区別して考える必要がある、と述べられた。さらに法王は、非道な扱いを受けたり、だれかに利用されたときには、異議を申し立てるのが正しい道である、と述べられた。大切なのは、その人に対する思いやりを失わないことだ。悪しき行為をしたその人も、人間という同じ仲間なのである。
難しい決断をする際のアドバイスを求められると、法王は次のように述べられた。
「まず心を穏やかな状態にしてください。そして、曇りのない心で、自分は何をする必要があるのかを決めてください」
昼食後、法王は、明日のインド帰国に向けて、会場を出発された。