アメリカ、ユタ州 ソルトレイクシティ
今朝、ダライ・ラマ法王はユタ大学に付属するハンツマン癌研究所を訪問された。ユタ大学のデビット・パーシング学長とハンツマン癌研究所のメアリー・ベッカール所長が法王のご到着を出迎えた。法王は両氏に付き添われて、ハンツマン癌研究所で医師、介護士、回復した患者たちとの会合に向かわれた。ベッカール研究所長は、人間の寿命が伸びるにつれて癌の事例も増えるが、同時に癌の回復や生存の件数も増えていると述べた。ベッカール所長は、2人のチベット人を含む職員、介護士と回復した患者たちを法王に紹介した。
法王はアドバイスを求められ、次のように述べられた。
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ハンツマン癌研究所で医師、介護士、回復した患者たちとの会合に参加されるダライ・ラマ法王。2016年6月21日、アメリカ、ユタ州 ソルトレイクシティ(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁)
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「病は私たちの人生の一部であり、人々は治療のために病院を訪れます。医学は古典的仏教学における五つの学問の分野の一つです。他者を思いやり、気づかうことは菩薩の行ないであり、私はこの実践をしている人たちを心から称賛したいと思います。癌は深刻な病気ですが、皆さんは患者さんたちが癌を乗り越える手助けをされているのですから、それはとても素晴らしい行ないだと思います。回復のために必要不可欠な要素は、患者さんたちが希望と固い決意を維持することですが、医師の態度もまた重要です。チベットにはこんな言い伝えがあります。「ある医師は、腕は良いが思いやりが欠けている。この医師の同僚は、腕は劣るが思いやりがある。この医師のほうが、治療の効力がある。」つまり、患者さんに対してやさしさと思いやりをもって接することは、早い回復と治癒のために非常に役立つことなのです。私自身の経験から言えば、もし医師や介護士が仕事を全うしたとしても、笑顔や思いやりの心がなかったなら、患者さんたちは不安な気持ちになってしまいます。最も大切なことは、患者さんに安心感を与えることだと思います」
この施設と患者さんたちにお加持をいただきたい、という要請を受けて、法王は懐疑心について説明された。医師や介護士たちがそれぞれ意義ある人生を生き、真摯に仕事に向き合うことこそ、加持の本当の源となるものである、と法王は示唆された。また、そうすることによって、本当の意味で個人的な満足感を得ることにもつながります。ベッカール所長が、注意深さ(憶念)を育む訓練はアメリカで増加の傾向にあると述べたのに対し、法王は、何人かのグループで静かに瞑想する時間を持つことを提案された。出口に向かわれる途中、法王は治療を受けている何人かの患者さんたちを見舞い、慰められた。
ホテルに戻られた法王は、250名の来賓とともに参加される昼食会の前に、ユタ州のゲイリー・ハーバート州知事夫妻と少しの間お話をされた。ハーバート州知事は、法王をお迎えでききたことを深く名誉に思うと強調し、スコット・ハヤシ牧師を食前の祈りのために招いた。昼食が終わると、ハーバート州知事は、ダライ・ラマ法王は、世界は皆兄弟であるということを証明する生きた象徴であると紹介し、法王にスピーチを求めた。
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ゲイリー・ハーバート州知事の主催による昼食会でスピーチをされるダライ・ラマ法王。2016年6月21日、アメリカ、ユタ州 ソルトレイクシティ(撮影:トム・ゴーリー)
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「私は他の方々にお話をする機会があるときはいつでも、皆さんは兄弟であり姉妹であると思っていることを最初にお伝えしています。世界中の70億の人々を自分の兄弟姉妹であるとみなすことができれば、私たちが直面している多くの問題は解決されると私は信じています。私たちは皆、ひとりの人間であるという意味において、基本的に全く同じなのです。私たちは全員、幸せを望んでおり、幸せになる権利があるからです」
そして法王は、ご自身の3つの使命について説明された。その第一は、人間が幸福を追求するために必要な人間価値を高めていくため、その役割についてより多くの人々が関心を持つような助けとなることである。第二の使命は、すべての宗教には哲学的な見解の面で相違はあるが、伝統的な面では、愛と慈悲の心を高めるという共通のメッセージを伝えていることを理由に、宗教間の調和を図ることである。法王は、ここでもまた、イスラム教徒は暴力的で攻撃的精神を持った人たちだと考えることは間違いである、と明言された。そして、法王の出身地の近隣であるチベット北東地方やラサに住むイスラム教徒たちは、皆穏やかな人たちである、と述べられた。私たちが「仏教徒テロリスト」などと言わないのと同じように、「イスラム教テロリスト」とも言うべきではない、と法王は繰り返し強調された。テロリストはただのテロリストであり、他者を傷つけた時点で、信仰の道を外れたことになるからである。
さらに、チベット本土に住むチベット人の99%が過去60年にわたって法王に信頼を寄せているので、チベットの豊かな文化、言語、そして自然環境の保護は、ご自身の第三の使命だと思っている、と述べられた。
この日の午後、12,000人の聴衆を前に、法王はユタ大学のデビット・パーシング学長からより良い世界を築くための貢献に対するメダルを授与された。また、法王の目を守るために、ユタ大学のロゴが入った白いサンバイザーも贈呈された。そして講演の始めに、私たちは皆同じ人間であると、法王は繰り返し述べられた。
「もし皆さんが、私のことを特別な人だと考えるなら、私が今からお話しすることはみなさんの役には立たないでしょう。しかし、私も皆さんも根本的に同じ人間であると思うことができれば、私の話は多少役に立つと思います。私たちが誕生する時、死を迎える時、また病院へ行く時も、形式にこだわる必要など全くありません。形式にこだわることは、クモが自分の巣に絡まってしまうように、自分に制限を作り出してしまうのです」
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ユタ大学のハンツマンセンターで講演されるダライ・ラマ法王。2016年6月21日、アメリカ、ユタ州 ソルトレイクシティ(撮影:トム・ゴーリー)
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「私たちは千年もの間、平和のために祈り続けてきましたが、未だ大きな結果は得られていません。私たちは、いったい誰が平和を壊し、暴力による対立を生み出しているのかを自分たちに問う必要があります。その答えは、私たち自身であり、私たちがこれらの問題を生み出しているのです」
法王は、私たち一人ひとりの態度を変えることがどれだけ重要かを理解しなければ、暴力的な闘争により2億人もの命を失った20世紀同様、21世紀もまた流血の惨事に見舞われる危険性がある、と語られた。100年前、ヨーロッパではフランスとドイツは敵対国と見なされていたが、ドゴールとアデナウアーによって、後に欧州連合(EU)となる基盤が確立されたことにより、ヨーロッパでは70年の間、平和が維持されている。法王は、BBC放送で、ますます多くの若者たちが自分たちのことを地球の市民だと考えて行動していると聞いて、これはとても励みになる良い兆候だと述べられた。
今、私たちに必要なことは、共通の体験、常識、そして科学的知見に基づいた倫理観を築き上げることである、と法王は述べられた。もし、現代の若者たちがこのような倫理観に基づいた教育を受ける機会に恵まれて、一人ひとりが心の平和を育むならば、世界平和を達成することは可能である。それが理解できたなら、今世紀末までには、より幸せで平和に満ちあふれた世界を迎えることができるだろう。
法王は、チベット人の聴衆に向けて、チベット語で次のように簡潔に語られた。
「今私たちは、チベットの長い歴史の中でとても困難な時代を迎えています。チベット本土に残っている人々は強い精神を保ち続け、また亡命したチベット人にとっては様々な機会に恵まれた時代でもあります。現在、ソルトレイクシティを第2の故郷としているチベット人は、とても良い場所を選ぶことができて幸運だと思っています」
法王は再び英語のスピーチに戻られて、個人のレベルでも良い変化を生み出すことは可能だと強調された。もし、皆さんが自分の心に平和を培うことができたなら、家族にも良い影響を与えることができるだろう。そのような家族は地域社会に良い影響を与え、地域社会の良い影響はやがて世界へと広がって行く。アメリカでは多くの都市が「思いやりの街」宣言をしており、これにはとても勇気づけられている、と法王は述べられた。
今生において、故郷のチベットへ帰る希望を持っておられるかとの問いに、法王は次のように答えられた。
「私たちチベット難民の多くは、いつの日か、チベット本土にいる兄弟姉妹と故郷チベットの地で再会できる日が来るという希望を持っています。私はいつも楽観的です」