アメリカ、カリフォルニア州 サクラメント
夏至の日の朝、ダライ・ラマ法王は明るい日差しを浴びつつロサンゼルスからカリフォルニア州の州都サクラメントに飛行機で移動された。その後、法王を乗せた車は、空港からスタンフォード大学創設者の元邸宅で、今はカリフォルニア州の公式レセプションセンターであるリーランド・スタンフォード・マンションに向かい、ジェリー・ブラウン州知事夫妻の出迎えを受けた。ブラウン州知事夫妻、ケビン・デ・レオン上院議長代行、アンソニー・レンドン下院議長夫妻、ジャネット・グエン上院議員が参加して昼食会が開かれた。
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カリフォルニア州議会議事堂に到着後、歓迎の人々と支援者たちに手を振られるダライ・ラマ法王。2016年6月20日、アメリカ、カリフォルニア州 サクラメント(撮影:ジェレミー ・ ラッセル、法王庁)
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リーランド・スタンフォード・マンションから州議会議事堂までは車で至近距離である。伝統的な民族衣装に身を包み、チベット国旗と歓迎の横断幕を掲げた大勢のチベット人が議事堂に到着された法王を歓迎した。法王は、議事堂の入口の階段から挨拶をしつつ手を振られた。
カリフォルニア州議会の下院議長が合同会議を招集した。浄土真宗の寺であるサクラメント仏教会のリンバン・ボブ・オーシタ師が読経の音頭を取り、委員会の役員が法王を演壇まで案内した。下院議長は上院議長代行を紹介し、上院議長代行は合同会議の一同に法王を紹介した。議長代行は、法王が質素な農家のご出身であることに触れた後、平和、非暴力、思いやり、宗教間の調和、自然環境の保全についての一貫した法王のメッセージが認められて、近年、ノーベル平和賞をはじめとする数々の賞を受けられていることを一堂に披露した。議長代行は、法王の招聘と、州議会の合同会議におけるご講演の実現に尽力したグエン上院議員に謝意を表した後、今日のような不安定な時代には、愛と思いやりはもはや贅沢というよりもなくてはならぬものだと述べた。
法王は、茶目っ気たっぷりに一同に着席を促し、形式張ったやり方は大嫌いだと笑われた後、次のように語られた。
「上院議長、下院議長、兄弟姉妹の皆さん。私たちは基本的に同じ人間であり、人類というひとつの家族に属しています。精神、肉体、感情の面においても私たちは皆同じです。社会生活を営む動物である人間は、社会の一員であるという感覚なしに生きていくことはできません。ですから世界の人々の幸福を考えることが必要なのです。自分が幸せになろうとするのは自然なことですが、社会生活を営む動物である人間が幸せになる最善の方法は、お互いの幸せを思いやることなのです。
人間は皆同じであるという観点から言えば、信仰、人種、民族などの違いは二次的なものにすぎません。私たちは皆同じように生まれ、同じように死んでいきます。この世に生まれた人間が生き延びていくには、母親の愛情を欠かすことはできません。子供時代に母親から得た愛情は、一生を通じてその人の安心感の源となります。科学の知見によれば、人間は生まれつき思いやりのある性質を持っているということが証明されています。もし、人間の基本的な性質が怒りであるならば、希望は持てませんが、もし人間の本質的な性質が思いやりなら、希望を持つことができます。人間社会をより幸せで、より平和なものにしていくことは可能だという希望があるのです。個人の心の中に平和がなければ、世界平和は実現しません。幸せな生活は、私たちの心の平和に依存しているのです。物質的な豊かさだけで幸せになることはできませんが、その反対に、貧しくても愛情に包まれていれば幸せに過ごすことができます。ですから私たちは、幸せの鍵となる内面的な価値を高めていくことに関心を持って、ますます努力していく必要があるのです」
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サクラメント州議会の合同会議で講演をされるダライ・ラマ法王。2016 年6月20日、アメリカ、カリフォルニア州 サクラメント(撮影:ジェレミー ・ ラッセル、法王庁) |
「次に、異なる宗教間の関係についてですが、全ての宗教には、思いやりのある人間を育てる力があります。社会生活を営んで生きていく動物である人間には、生来、他者を思いやるという利他の感覚が備わっており、私たちは人間としての知性を使って、こうした利他心の対象を全人類へと拡げていくことができます。私には、3つの使命がありますが、永続する幸せの源である人間価値を認識し、促進していくことを第一の使命としています。
私の第二の使命は、宗教間の調和を図ることです。50年以上にわたって私が暮らしてきたインドでは、こうした宗教間の調和が育まれており、私は実際にそれをこの目で見てきました。インドでも時折問題が起きるのは事実ですが、インドには10億人以上の人々が住んでいるのですから、それは想定範囲内のことだと言えます。最近では、イスラム教徒は好戦的で暴力的な人々だと考える人もいますが、私には多くのイスラム教徒の友人がいて、彼らは皆素晴らしい人たちです。全ての宗教によい人間を育てる力があることは、インドの例からも明らかだと思います。そして、全ての主要な宗教が千年以上もの長い間共存してきたインドは、世界が学ぶべき模範となる国だと思います。カリフォルニア州もまた多民族・多文化の社会ですので、議員の皆さんは、異なる宗教が互いに尊重し、理解しあうことができるように努めていただきたいと思います」
また法王は、環境問題と気候変動に対するカリフォルニア州の特別な取り組みを称賛して、次のように述べられた。
「私たちは、地球の環境を守らなければなりません。地球は人類の唯一の家だからです。月は夜空に美しく輝いていますが、そこは人間が快適に暮らせるところではありません」
さらに法王は、現代の教育は主に物質的な向上を目的としたものであり、人間の内面的な価値に対する認識が欠けている、と述べられた。そしてその解決策は、特定の宗教だけでなく、全ての人に訴えかけることのできるような、人間価値を高めるための普遍的なアプローチを見つけ出すことである、と述べられた。それには、法王が常日頃言及されているところの、「世俗の倫理観」が必要である。そこで法王は、次のように訴えかけられた。
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カリフォリニア州議会でのスピーチを終えられたダライ・ラマ法王と議員たち。2016 年6月20日、アメリカ、カリフォルニア州 サクラメント(撮影:ジェレミー ・ ラッセル、法王庁)
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「世俗とは、宗教を否定するという意味ではありません。インドで理解されている意味における“世俗”のことなのです。インドでは、この言葉は、すべての宗教に対して偏見を持たず、敬意を持つことを意味しています。そこで、この意味における“世俗の倫理観”を教育制度の中に取り入れていく必要があります。議員の皆さんには、どうかこの実現に向けて真剣に取り組んでいただきたいと思います。
真の世界平和とは、内面の心の平和に基づいたものです。もし心の中が怒りで満ちているならば、世界に平和をもたらすことなどできるはずがありません。アメリカでは銃規制についての議論がありますが、本当の意味での銃規制とは、他者の命と権利を尊重する気持ちとともに、自らの心の中から始まるべきものです。世界平和を達成するためには、この世界を非武装化しなければなりませんが、この世界における武装解除を実現するためには、まず私たちの心の中の武装解除に取り組むことから始めなければなりません。
この世界で、私たちは多くの問題に直面しています。あまりにも多くの殺戮が行なわれています。宗教の名の下に人が殺されるなど、考えられないことです。しかし、これらの問題を作り出したのは私たち人間なのですから、それを解決する責任も私たちにあります。20世紀において、私たちは武力によって問題を解決しようとしてきましたが、相互依存の関係が深まったグローバルな世界において、武力行使はすでに時代遅れな考え方となっています。21世紀における正しい問題解決の方法は、対話です。お互いに直接会って、顔と顔をつきあわせて物事を話し合うのです。
私たちは、個人に出来ることは限られていると感じることがよくあります。ですが、人類は個人の集まりなのですから、私たちの力で世界を変えていくことができるはずです。個人としての私たちは、家族に影響を及ぼすことができます。家族は地域に影響を及ぼし、地域は国に影響を及ぼすことができます。他の人々にお話をする機会がある時、私はいつもこのことをお話ししています。私たちは人間なのですから、共に問題に取り組むことで、よりよい世界を築いていくことができるからです。ご静聴、どうもありがとうございました」
講演の終わりに、法王は次のように付け加えられた。
「私は長い間、アメリカは自由世界のリーダーだと考えてきました。そのアメリカの中で、カリフォルニア州は最大の州のひとつであるだけでなく、イノベーションの中心地としても世界中の称賛の的となっています。ですから、全人類の幸せと平和につながる教育の世界に革新的な変化をもたらすため、議員の皆さんもそのような変革を支援していただきたいと思います」
そして法王は、講演原稿に書かれた最後の言葉を次のように述べられた。
「未来を担っていく若者たちの教育に、真の変革をもたらすための具体策を取るべき時が来ました。心の教育と意識についての教育を結び合わせることにより、子供たちは責任感と思いやりを持った若者に成長して、グローバル化が進む今日の世界の課題に立ち向かう能力が備わった市民となることでしょう」
講演を終えられた法王は、上院会議場に案内され、議員たちと記念撮影をされた。その後、議事堂の入口ホールで行われた短いレセプションに臨席された後、多くのチベット人が待ち受けるソルトレイクシティに移動されるため、空港に向けて出発された。
明日の午後、法王はユタ大学で「慈悲の心と普遍的責任」と題した講演を行われる。