次に法王は、ホワイトハウスのオバマ大統領を訪問した。法王はオバマ大統領と人権や気候変動など互いの共通の関心事について話し合われた。45分間の会談を終えて、オバマ大統領は法王と一緒にローズガーデンを歩き、法王が車に乗られるところまで見送った。
1984年の創設から一貫して全米民主主義基金(NED)の代表を務めるカール・ガーシュマン氏は、NED主催の昼食会に参加される法王を30人の招待客とともに出迎えた。午後のNEDによるプログラムは、希望と民主主義をテーマとしたものだった。「人間の尊厳を守る戦いでは、決して希望は失われません」とガーシュマン氏は述べて、「裸足の弁護士」として知られる陳光誠氏と労働組合活動家の韓東法氏を会場に迎えた後、ピーター・ロスカム下院議員に演壇を譲った。ロスカム氏は、「権威主義の声に対峙し、そうしたあり方を虚しいと感じる私たちは、“そこで言われていることは真実ではない”と声を上げなければなりません」とスピーチを行ない、民主主義の重要性を唱えるダライ・ラマ法王を称賛した。
リチャード・ギア氏は、最近、映画の宣伝のためにシチリア島に滞在していた時、ランペデューザ島の難民キャンプを訪れた話をした。ギア氏が会った難民キャンプのアフリカ人たちは、悪しき政府と凶暴な人々から逃れて来た人々である。「糾弾すべきは、暴力と悪しき政府がいつまでも続く原因を作っている人々です」とギア氏は述べた。
NEDによって授与された2つの賞の最初は、「民主主義への貢献賞」であり、先に亡くなったチベット人僧侶テンジン・デレック・リンポチェの勇気ある功績に対して送られた。テンジン・デレック・リンポチェは高名な政治囚で、13年間にわたる拘置生活の末、2015年に中国四川省の刑務所で亡くなった。リンポチェは「私は常々、命を傷つけることのないよう人々に教えを説いてきた。その私がどうして告発されたような罪を犯すだろうか」と述べて、死刑宣告された罪に対し一貫して無罪を主張してきた。リンポチェの死後、中国の警察当局は密かに遺体を火葬し、遺灰を差し押さえた。
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NEDによる「民主主義への貢献賞」を故テンジン・デレック・リンポチェの代理人として受けるゲシェ・ジャムヤン・ニマ氏。2016年6月15日、アメリカ、ワシントンDC(撮影:スコット・ヘンリッヒセン)
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受賞のメダルはテンジン・デレック・リンポチェの従兄弟であるゲシェ・ジャムヤン・ニマが代理人として受け取った。ニマ氏は、リンポチェは法王に強い忠誠心を持っていたと述べた。リンポチェのチベット人の福利に対する貢献は、彼が作ったチベット人向けの学校や病院に現れているとニマ氏は述べ、リンポチェの遺志を継いで戦い続け、希望を捨てないことが大切だと述べた。
その後、長年のチベット支援者であるダイアン・ファインスタイン上院議員が短いスピーチを行ない、1978年に夫が法王と最初にダラムサラで会った時のことを回想して語った。その後、夫妻は法王から託された「私たちは独立を求めているのではない。自分たちのことを自らの手で管理したいだけである」という趣旨の書簡を当時の江沢民主席に渡すことになったのである。
元下院議長のナンシー・ペロシ氏も演壇に立ち、「法王はネガティブな態度をただし、思いやりのあるアプローチができるように私たちを支えてくださっています」と述べた。
NEDのガーシュマン代表は、チベット中央政権による民主主義の功績の表彰を行なうため、NED会長で元下院議員のマーチン・フロスト氏を演壇に招いた。フロスト氏は米国憲法と亡命チベット政権憲法の双方の前文が記された額を参加者たちに示した。チベット中央政権のロブサン・センゲ主席大臣は受賞スピーチの中で、1960年に法王が北インドのダルハウジーでチベット人の道路工夫たちを訪問された時、「私は皆さんに励ましのメッセージを伝えるためにきました。私たちは亡命地で民主主義を築いていかなければなりません」と述べられたことを語った。
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NEDによるチベット中央政権の功績を表彰する賞を受賞するセンゲ主席大臣。2016年6月15日、アメリカ、ワシントンDC(撮影:スコット・ヘンリッヒセン)
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その年にチベット亡命社会では最初の亡命議会の議員が選出され、1963年には初の女性議員が選出された。現在、亡命議会45名の議員のうち10名が女性であると主席大臣は述べた。また、1963年は亡命チベット憲法が公布された年でもある。この憲法では、何人も法の下に服するべきであることを示すため、必要とあれば、時にはご自身に対する弾劾が行なわれるべきことを述べた条項を入れるようにと法王は主張されたのである。2001年、法王は政治的責務から半分身を引かれ、2011年には、政治的指導者の立場を選挙で選ばれた指導者に完全に譲渡された。法王ご臨席の下でこうした賞を受賞することは大変な名誉なことだ、と主席大臣は述べた。
その後法王は、「民主主義と希望」というテーマで若い活動家たちとの対話の席をもたれた。対話の参加者は、アゼルバイジャンのジャーナリストであるアルズ・ゲブラエヴァ氏、キューバからは、クーバ・デシーデ(Cuba Decide)のロサ・マリア・パジャ氏、スーダン人のネット活動家であるアザズ・エルシャミ氏、ヨルダンの活動家ラミ・スード氏である。対話の司会は、NEDのアジア・国際問題シニア・ディレクターのブライアン・ジョゼフ氏が務めた。
法王に最初に質問をしたアザズ・エルシャミ氏は、法王にとって精神性が持つ意味は何かを尋ねた。これに対し、法王は、その心髄はあたたかい心であるとして、あらゆる宗教は愛のメッセージを送っている、と答えられた。またどんな人間の心にも慈悲の種は宿っており、慈悲とあたたかい心が私たちの人生の土台となる、と述べられた。
アルズ・ゲブラエヴァ氏が憎しみに関する質問をすると、法王は次のように答えられた。
「憎しみと怒りは私たちの心の一部であり、私たちが持っている感情のひとつです。しかし、人間にとって最も大切なのは愛であり、憎しみや怒りといった感情は移変りやすいものなので、長続きせず、比較的短い間しか持続しません」
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NEDの若い活動家たちと「民主主義と希望」というテーマで対話をされるダライ・ラマ法王。2016年6月15日、アメリカ、ワシントンDC(撮影:ソナム・ゾクサン)
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ロサ・マリア・パジャ氏が正義と許しについて尋ねると、法王は、正義の本質は幸せと喜びを守ることであり、許しとは、たとえ悪い行ないを止めるために対抗しなければならない時でも、そうした悪い行ないに対しても怒りを持たないことだと法王は述べられた。ラミ・スード氏は、宗教が争いに利用されている今日、どうしたら宗教の持つ建設的な役割が取り戻せるかと質問した。これに対し法王は、宗教を受け入れるかどうかは個人の自由だが、もし宗教を受け入れるなら、真摯な態度で向きあうべきである、と答えられた。キリスト教徒は愛を育む実践をする。イスラム教徒はアラーの神が造られたすべての創造物、たとえそれが自分の敵であったとしても、その相手を愛するべきだと説いている。それぞれの宗教には哲学的な見解の相違があるものの、すべての宗教の目的は愛を育む実践を深めることだ、と法王は述べられた。
過激化した若者たちを鎮めるための長期的な解決策として、人間的価値を高める訓練を普通教育の中に取り入れたらどうかと法王は提案され、もっと教育の幅を広げて、人間性を高めるための包括的な教育に変えていくことによって、今世紀が20世紀のような苦しみと流血沙汰の世紀にならないようにしなければならない、と強調された。
「私は真実の力と人間の誠実さを信じています。思いやりは人間の基本的な性質です。ですから希望はあります」と法王は述べられた。
難民社会に対する助言を求められた法王は、ご自身が出会われたベトナム人難民が、どこに住んでいても自国のアイデンティティを失わず、文化、コミュニティの感覚を保っていることに感嘆の念を抱いている、と述べられた。ウイグル人についての質問に対しては、1970年代にチベット人、ウイグル人、モンゴル人、満州人による、互いの体験を共有し交換するための委員会を設立したことを回想されて、ウイグル人は断固として、非暴力のアプローチに基づいて闘争するべきだ、と法王は述べられた。
対談は満場の拍手喝采で終了した。
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ダライ・ラマ法王にインタビューをするFOXニュースのブレット・バイアー記者。2016年6月15日、アメリカ、ワシントンDC(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁)
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FOXニュースのブレット・バイアー記者による短いインタビューでは、法王はオバマ大統領との会談の中で、人間の幸せの健全な土台となる人間的価値を高めるための使命が話題になったと述べられたほか、大統領の任期終了後、オバマ大統領が、教育を通じて内面の心の平和を育むことに取り組めるようお祈りする、と大統領に伝えたことを明らかにされた。
こうした会談への中国の抗議が日常化している昨今の状況について、法王は次のことを強調された。
「私たちは独立を求めておらず、チベットの中国からの分離を求めているのでもありません。中華人民共和国の枠組みの中にとどまる方が私たちにとっても利益のあることだとはいえ、チベットの豊かな仏教文化を守る必要があります。仏教文化の保護は、チベット人にとって利益となるだけでなく、数百万人の中国人仏教徒にも有益なことなのです。中国人労働者がチベットの開発プロジェクトのためにチベットに来る時は、チベットの文化を尊重し、チベット語で会話ができるようになればよいと思います」
法王は、「イスラム教テロリスト」や「仏教テロリスト」という表現には反対していると述べられた。イスラム教にも仏教にも「テロリストになれ」というような教えはない。こうした行為の正当化に宗教が利用されるべきではなく、テロリストは単に「テロリスト」と呼ばれるべきだと提案された。
法王は楽観主義者なのかという質問に対し、「はい。人間には思いやりという基本的な性質があるからです。だからこそ、私たちは同じ人間として生まれた兄弟姉妹として、ともに生きるべきなのです」と法王は答えられた。法王が外に出られると、法王の友人たちや見送りの人々が道に集まり、法王のご長寿を祈る祈願文を唱えていた。
明日、法王は空路でロサンゼルスに向かわれる。