「真の平和は心の平和から生じるものでなければなりません。もし私たちの心が不満や疑念、不信感にあふれていれば、平和を見出すことはできません。USIPは祈りに頼るのではなく、意識の変化に基づく心の変化を促していく必要があります。私たちが幸せを感じるか、悲しみを感じるかは、私たち自身の行動から生じる直接的な結果です。USIPは平和を築く活動を行なっていますが、そのために必要なものは教育です。今日の教育は、物質的な向上を目指すものとなっていますが、それよりもっと内なる心の価値に目を向けなければなりません。もしそれができれば、今世紀の半ばごろまでには、より平和な世界を築くことできることでしょう」
ナンシー・リンドボーグ所長が、先月USIPが紛争国の若い指導者たちを伴って法王に謁見するためにダラムサラを訪問したことに触れると、法王は、彼らは勇気と決意にあふれており、世界によき変化をもたらしてくれる希望がうかがえた、と述べられた。そして、法王に対する質問に答えられ、その中で法王は、人間価値を高めるためのカリキュラムを近代教育の中に取り込むために、現在その草案が作成されつつあることについて触れられた。そしてそれには、教師たちを教育することも必要になるだろうと語られた。また、現在増加し続けている難民をどのように支援するべきかという質問に対し、法王は次のように述べられた。
「私は難民の受け入れを行なっているすべての国々に感銘を受けていますが、ただ単にシェルターを提供するだけでは十分とはいえません。長期的な解決策は、難民の祖国が平和を取り戻すことです。それと同時に、難民の子供たちが将来祖国を復興できるように、教育や訓練を与えることが大切です」
「人生に困難はつきものですが、心が平和であれば、困難に直面してもずっと容易に対処できるようになります。それを実現するための方法は、科学的根拠と万人に共通の体験や感覚に基づいて、やさしさと思いやりを高めていくための教育を実現できるように、もっと全体的なものの見方をするアプローチを促すことです」
会議の終りにナンシー・リンドボーグ氏は、ダラムサラ訪問の実現に尽力してくれたカルデン・T・ロドゥ氏、チベット亡命政権駐米代表カイドル・アウカツァン氏、USIP副会長ジョージ・ムース氏に対して謝意を述べた。
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討論会の冒頭で米国平和研究所所長のナンシー・リンドボーグ氏と共に、フロリダ州オーランドでおきた銃乱射事件の被害者たちのために黙祷を捧げられるダライ・ラマ法王。2016年6月13日、アメリカ、ワシントンDC(写真提供:米国平和研究所)
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その後、法王はフランク・カールッチ会館に移動され、対話の前に、オーランド銃乱射事件の被害者たちのために黙祷を捧げるよう大勢の聴衆に向かって呼びかけられた。USIP所長のナンシー・リンドボーグ氏は、自己紹介の中で、「世界が安全であるために、平和は実現可能であり、実用的であり、不可欠なものである」と述べた。そして、28人の若い指導者たちを伴ってダラムサラを訪問したことに再び触れ、短いビデオを上映して現地での活動の様子を聴衆に紹介した。リンドボーグ氏は、「21世紀を平和の時代にするべきであるという法王のお考えに私たちも賛同しています」と語った。
法王はスピーチの中で次のように述べられた。「私たちはみな、恐れや怒りをいかに乗り越えるかという問題を抱えています。しかし、強い精神力があれば、困難に対してもより容易に耐えられるようになります。私の場合は、16歳の時に自由を失い、24歳の時に祖国を失いました。その後、次々と困難に直面してきましたが、私の心は常に平静を保っています」
「この世界に生きている70億の人類はみな、精神的、肉体的、感情的に見て全く同じ人間です。ですから、誰もが同じように、心に平和を育むことのできる可能性を持っているのです。慈悲の心を育むことは他人のためだと誤解している人もいますが、実際には、慈悲の心を持つことでまず自分が幸せになれるのです。慈悲の心は自分の心に平和をもたらしてくれるからです。それによって友人が増えていきます。友人とは信頼の上に成り立つものであり、信頼とは相手に対する配慮から生まれます。私に会いにダラムサラまで来てくれた若い皆さんを心から称えたいと思います。平和に対する関心を持ってくれたからではなく、それぞれの国で実際に活動を起こしてくれたことに感服しているのです」
コラムニストのマイケル・ガーソン氏は、50年前に米国の政治家ロバート・ケネディ氏が南アフリカのケープタウンで行ったスピーチを引用して、ダラムサラでの青少年ワークショップについて次のように述べた。「人は理想のために立ちあがり、人類の幸福のために行動し、不正に対してこぶしを振りあげる。そのたびに、人は小さな希望のさざ波を送りだす」
モロッコのカサブランカにある大スラム街シディ・ムーメン出身の若い指導者、スカイナ・ハミア氏は「私たちはみな、一つの人間家族です」と述べ、より正直になること、心を開くことを恐れる必要はないことを学んだ、と語った。「私たちは平和と愛そのものなのです。知識は分かち合ってこそはじめて実現します。毎日、何度も繰り返し平和に貢献し続ける世代を私たちが築いていくべきなのです」
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ダライ・ラマ法王に自らの体験談を伝えるナイジェリア出身のヴィクトリア・イビオイエ氏。2016年6月13日、アメリカ、ワシントンDC(写真提供:米国平和研究所)
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傷ついた子供たちや若者たちを支援する団体で活動を行なっているナイジェリア出身のヴィクトリア・イビオイエ氏は、次のように語った。「私たちには平和を実現するために貢献するという選択肢があります。コミュニティーの中心となって平和を築く機会が私たちに与えられているのです。流れを変えていきたいのです」
聴衆からの質問の中で、暴力的な環境下にある女性や少女たちへのアドバイスを求められ、法王は、人類の初期の時代には指導者は存在しなかったと考えられているが、農耕が始まり、資産という観念が生まれた時から、指導者という存在が必要になったのだと説明された。その当時は、指導者に求められた質は力の強さであったため、男性が優位になったが、教育によって男女は平等な立場へと変わった。やさしさが必要とされる状況では、女性のほうが他人の痛みに寄り添えるため、より活発な役割を担う必要がある。世界に200近くもある国家の指導者が女性であったなら、世界はより平和になったかもしれない、と法王は語られた。そして法王は代表者の二人に微笑みかけて、次のような言葉をかけられた。
「この会議に来てくださってありがとうございました。私はあなた方から多くのことを学びました」
法王は若い指導者たちに向かって、落胆しないようにするためには、他の人々と会って相手が同じ人類の仲間であることを認識し、友人となることだとアドバイスされた。
法王が会場の建物から出られると、『USA Today』誌のオレン・ドレル氏が今参加された会議について法王にお尋ねし、法王は、心の平和を育むことの大切さを再度強調された。その大きな理由として、ご自身は間もなく81歳になられるが、実年齢より若々しいと友人によく言われるからだ、と述べられた。昼食後、法王はロイター通信のデビッド・ブロンストロム氏のインタビューを受けられた。その中でも同じテーマについて語られ、平和は人々の心が穏やかな場所にのみ築かれる、と述べられた。また、イスラム教徒を孤立させないことが大切であるとも強調された。現在の難民問題についても、そのカギとなるのは停戦と、難民の祖国に平和を回復させることである、と繰り返し語られた。
法王が女性のリーダーシップについて語られたことを受け、ブロンストロム氏はアメリカにも女性の大統領が誕生すべきかを尋ねた。法王は、アメリカ国民が正しい選択をするはずだとのみ答えられ、最後に次のように述べられた。
「オバマ大統領は、核の縮小、将来的には核の廃絶を目指す活動を先導しています。私はこれを支持し、その実現を祈っています」
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ご講演に先立ち、ダライ・ラマ法王を紹介する俳優のリチャード・ギア氏の話を聞く元米国下院議長ナンシー・ペロシ氏。2016年6月13日、アメリカ、ワシントンDC、アメリカン大学・ベンダーアリーナ(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁)
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法王は午後、アメリカン大学で、インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベット(ICT)代表のリチャード・ギア氏、民主党所属の元米国下院議長ナンシー・ペロシ氏、首都圏チベット人協会のジグメ・ゴラップ会長らに迎えられた。ペロシ氏は自己紹介の中で、自身が最近チベットを訪問したときのことを語り、寺院の屋根に金箔が施されているのは地元当局が宗教の自由を尊重している証拠だと自慢していたが、僧院での教育内容は厳しい規制を受けている、と述べた。また法王への尊敬を表すには、チベットの人々と友人になることが一番であると語った。リチャード・ギア氏は、法王はチベット民族の擁護者であり、非暴力の姿勢を貫く最も偉大な模範であると述べた。
「兄弟姉妹の皆さん、私は皆さんとお会いできて大変うれしく思います」と、法王はお話をはじめられた。「人間である私たちは素晴らしい頭脳を持っています。そしてそれは、人生の中で喜びを見出し、苦しみを避けるために使わなければなりません。科学者たちは実験に基づいて、人間は生来の性質として思いやりを持つものであるという裏付けを見出しており、これは私たちに希望を与えてくれます。この裏付けに基づいて、私たちは人間社会の一員であるという認識を育み、無限の利他心を培うことができるのです」
「私たちは様々な問題に直面しますが、その多くは私たち自身の怒りや自己中心的な考え方から生じています。しかし、私たちは変わることができます。私たちは知性を働かせて他者を思いやり、肉体的、精神的、感情的にも同じ人間であることを認識しなければなりません。私たちは基本的な性質として、誰もが思いやりの種を持っているのです。昨日ヒースロー空港で、私が幸せでいられる秘密は何かと聞いた人がいました。そこで私は、それは秘密だと答えましたが、その後で、“心の平穏”を維持しているからだと彼に伝えたのです」
「教育によって、私たちは自分の考え方を変えることができます。私が属する20世紀の時代は多くの問題を生み出してしまいましたが、21世紀に属する皆さんがそれを解決しなければなりません。心を落ち着けて慈悲に基づいたアプローチで取り組めば、世界をよりよい、平和な場所に変えることができると私は信じています。しかし、もし、いさかいや騙しあい、搾取しあうことが続けば、悲劇的な状況ばかり増えていくだけでしょう」
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ダライ・ラマ法王の講演会場となったアメリカン大学・ベンダーアリーナの情景。2016年6月13日、アメリカ、ワシントンDC(撮影:ソナム・ゾクサン)
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次に法王は、チベット人の聴衆に向かってチベット語で語りかけられ、自分の生活のことだけを考えるのではなく、一人ひとりがチベットの大使であることを今一度思い出すようにと呼びかけられた。また、チベット文化の価値を理解し、チベット仏教は論理学に基づくナーランダー僧院の伝統を直接継承するものであることを忘れないように、と訴えられた。そして、法王ご自身は現代教育を受けることなく、この伝統に従って修行を行なっているが、そのおかげで30年以上にもわたって近代の科学者たちと有意義な対話を続けられている、と語られた。
さらに法王は、心のはたらきと感情の調整方法に対する理解は、チベット人が世界に貢献できる知識だと述べられた。怒りとは価値のあるものなのか、あたたかい心をもつことの方がずっと役立つものなのかという分析は、その一つである。怒りは一見すると、状況に耐えるためのエネルギーを生み出すもののように見えるが、怒りは人を盲目にする傾向がある。そこで法王は、これらのことを理解するための教育が重要であることを再び強調された。
また、チベット民族も現代の世界に適応していく必要性があることについて触れられて、ご自身が政治的指導者としての責任を選挙で選ばれた指導者に譲られたこと、政治活動からダライ・ラマ制度を切り離されたことにも言及された。
ステージから降りられた法王は、最前列で法王の手にぜひとも触れようとする聴衆の一人に歩み寄られ、握手をされた後、古い友人たちと言葉を交わされ、幼いチベット人の子供たちに名前を与えられた。法王が別れの手を振られると、聴衆から「ダライ・ラマ法王、万歳」の声があがった。その後、法王は車に乗りホテルに戻って行かれた。