インド、カルナータカ州 バイラクッペ
早朝の陽の光がタシルンポ僧院を黄金色に染めるころ、ダライ・ラマ法王は、この日のラムリム(菩提道次第論)法話会の前に270人を超えるチベット人巡礼者の謁見を受けられ、次のように述べられた。
「私たちはいつも、チベットの真の所有者はそこに暮らすチベットの人々だと言っています。過去60年以上にわたって、特に文化大革命の間、中国人はチベット文化を後進的なものとして扱ってきました。しかし現在では、中国人仏教徒は4億人にのぼると言われ、その多くはチベット仏教に関心を寄せています。私たちチベット人は仏教を簡単に学ぶことができますが、それは仏陀のお言葉が記された経典や、のちのインドの学匠たちが書かれた注釈書をチベット語で読むことができるからです。この伝統を守っていくためには、カンギュル(経典)やテンギュル(論書)を家に置いておくだけでは十分ではなく、これらの仏典を読んで学ぶという実践をしなければなりません。たとえば、ヒマラヤ地方で暮らす仏教徒たちに会ったとき、彼らは、仏陀とはどういう方を指しているのかも明確には理解していませんでした」
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ラムリム法話会の前にチベット人巡礼者と会見されるダライ・ラマ法王。2015年12月23日、インド、カルナータカ州バイラクッペ、タシルンポ僧院(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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「私は6歳の頃に学問を始めましたが、これまで学んできたことは私自身にとって大いに役立っています。今日では、科学者たちでさえ、私たち人間が持っている内なる価値や、心と感情の働きを解明し詳しく解説している仏教に関心を寄せているほどです。ですから、どうか仏教を学び、学んだことを生活の中で生かしてください。カンギュル(経典)とテンギュル(論書)以外にも、チベットの学匠たちが記された仏典は1万点以上にものぼります。私たちは豊富な文献に恵まれているのです」
「そして私たちは皆、素晴らしい頭脳を持っています。どうかそれを活用してください。お金をたくさん持っている人は、それを使わないのは馬鹿げていると考えて、事業に投資したりして活用しています。知識もそうした財産と同じだと思って、心や感情について学んでください。インド人の皆さんにも、ぜひ勉強してほしいとお伝えしています」
すると、一人の女性が立ち上がり、「はい、私たちは懸命に勉強しています」と述べた。法王は微笑まれてこう答えられた。「それは素晴らしいことです。僧侶や尼僧たちだけでなく、在家信者の方々もぜひ学び、問答に参加してください」 するとその女性は、「はい、そのようにしています」と述べ、法王はお話を続けられた。
「教育はとても大切です。教育が行われなければ私たちは後退していってしまいます。自らの文化を知ることは大事なことなのです。私たちチベット人と中国人の強い絆は、チベットの王たちが中国人の妃を迎えた時代に始まっています。時には互いに戦うこともありましたが、長い友好の歴史を築いてきました。私たちは中国と友人になる必要があるのです。チベットは、7世紀、8世紀、9世紀には完全な独立国でしたが、今は独立を求めてはいません。中国は学校の建設をはじめ、さまざまな面でチベット人を助けてくれることもあるでしょう。中国からそうした支援が得られれば、チベット人はチベットの宗教や文化を守り、それを生かして中国のために役立てることもできます。中国は変化しています。今後もさらに変化を遂げるでしょう。ゆったりした心で、幸せな気持ちで過ごしましょう」
暖かい朝の光の下、ラムリムの法話会をリクエストしたリン・リンポチェや他の僧院長たちが、法王を本堂前のベランダの法座に案内した。祈願の言葉が唱えられ、お茶が配られた。
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ラムリム法話会でテキストを読誦されるダライ・ラマ法王。2015年12月23日、インド、カルナータカ州バイラクッペ、タシルンポ僧院(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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4回目となる今年のラムリム法話会には、およそ31,000人が参加登録をしており、そのうち22,000人が僧侶や尼僧たちである。法話は同時通訳で英語、フランス語、ヒンズー語、イタリア語、日本語、韓国語、中国語、モンゴル語、ロシア語、スペイン語、ベトナム語に訳されており、その中で英語、ヒンズー語、韓国語、中国語、モンゴル語、ロシア語、ベトナム語、チベット語は、インターネット上で動画配信されている。
法王はラムリムのテキストの読誦伝授をされており、それは、テキストに書かれていることを一言も漏らさず法王が読んで聞かせてくださることを意味しているが、必要な箇所では解説も加えられている。この日はテキストの読誦が多く、解説は比較的少なかったが、法王は、ナーガールジュナが『宝行王正論』の中で述べられていることから法話をはじめられた。
「悟りに至るためには、空を理解し、菩提心を育まなければなりません。私たちは今生で人間として生まれ、仏法に出会うことができました。仏法を学び、実践する機会があるのにそれを活用しないなら、それは無駄になってしまいます。しかし、もしその機会を活用するならば、何かを達成することができるでしょう。私たちの目的は、一切有情を助け、その役に立つことです。ナーガールジュナは、悟りを得るためにはその因を作らなければならないと述べられており、ディグナーガは、修行の道に従い、実践することによってのみ悟りに至ることができると言われています。菩提心の源は大いなる慈悲の心です。そして、正しい帰依をするためにも、私たちは空を理解する必要があります」
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法話会に参加する22,000名を超える僧侶や尼僧たち。2015年12月23日、インド、カルナータカ州バイラクッペ、タシルンポ僧院(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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法王は『シャマルの菩提道次第論』を手にとられ、輪廻転生について、私たちがどのように死を迎え、転生するのかを説明された。ゲシェ・ポタワは、生と死を繰り返す輪廻転生には始まりがない、と述べられており、その根本的な因は無明である。途中で「縁起の十二支」にも触れられ、その後、「大きな能力を持つ修行者(上士)のための修行道において心を訓練する」という主題に入るまでの部分を安定した口調で読み進められた。上士のための修行道については、菩提心は大乗仏教への唯一の門戸である、という教えから始まっている。菩提心を生起するためには、「因と果の七つの教え」と「自分と他者の立場を入れ替えて考える」という二つの方法がある。法王は、このうち後者の方がご自身にとってより大きな効果があったことを述べられた。
昼食後、法王は『解脱を掌握する菩提道次第論』のテキストに移られて、「因と果の七つの教え」についてその概要を説明された。この教えは、一切の有情は前世において母であったことを認識し、母から受けたはかり知れない恩を思い起こし、その恩に報いようという心を起こし、心からの愛情を育み、大いなる慈悲の心を起こして、自分が一切有情を助けようという決意をすることで、最終的な結果として菩提心が生じてくる、という方法である。法王は、上士のための修行道こそラムリムのテキストの焦点である、と語られた。
「私たちは、この虚空が存在する限り、一切の有情を救うことに身を捧げているのですから、その功徳は失われることも、無駄になることもありません」