インド、マハーラーシュトラ州 ナーシク
デリーで一泊されたダライ・ラマ法王は、午前中にマハーラーシュトラ州ナーシクに到着された。空港ではスワミ・ギアナーナンダ師とスワミ・マイサーナンダ師の出迎えを受けられ、お二人から法王に豪華な花輪が捧げられた。モンスーンによるフライトの遅れはなかったものの、法王が車でナーシクを移動される時には土砂降りの雨が降っていた。しかしその雨も、法王がスワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師の邸宅に到着される頃には霧雨に変わった。スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師が法王を出迎えられると、角笛とほら貝が吹き鳴らされた。
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カルシニ・アシュラムで、スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師と共に菩提樹の記念植樹を行なわれるダライ・ラマ法王。2015年8月30日、インド、マハーラーシュトラ州ナーシク(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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ダライ・ラマ法王は、スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師とともに会見の席に着かれると、今回の招きを受けられた時のよろこびを語られた。また法王は、スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師の簡素な暮らしと古代インド思想への理解の深さに感銘を受けた、と述べられた。お二人はこの短い会見に続いて昼食の席に着かれ、スワミ・ギアナーナンダ師とサムドン・リンポチェもそこに合流された。お二人の宗教指導者の哲学と宗教の問題をめぐる対話は、食事中も続いた。昼食後、お二人はアシュラムに通じる道のわきに二本の菩提樹の苗木を記念植樹された。
記者会見の席では、法王は、社会全体が互いに依存しあうようになってきていることから、「人類はひとつ」という意識がこんにちの社会にとって欠かすことのできないものであることを強調された。スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師は、サンスクリット語の詩頌を英語に訳して紹介された。
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これはわたしのもの、あれはあなたのもの
これはわたし、あれはあなた
このように考えるのは心の小さな人である
人はみなひとつ、と心の大きな人は考える
法王は、この古代インドの智慧を広く世界中の人々に知ってほしい、と述べられた。
さらに法王は記者団に向けて次のように語られた。
「スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師が、このゴダヴァリ川のクンブメーラに私を招待してくださったことを心から光栄に思っています。前回のアハラバードのクンブメーラに参加するつもりでスケジュールを組んでいましたが、悪天候のためにダラムサラを出られず参加できなかったので、今日のよろこびはひとしおなのです」
また法王は、異なる宗教間の調和を促進するというご自身の使命について次のように説明された。
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スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師と共に記者会見を行なわれるダライ・ラマ法王。2015年8月30日、インド、マハーラーシュトラ州ナーシク(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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「私には、ヒンドゥー教やその他のインドの伝統宗教をはじめ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を信心する大勢の友人がいます。ヒンドゥー教と仏教に関して言えば、この二つの宗教は、戒律・禅定・智慧という三つの実践を共通の修行としています」
スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師もまた、「その通りです。この二つの宗教のルーツは共通しているのです」と述べられた。
法王は、バンガロールの近郊に暮らすあるヨーガ行者との出会いについて語られ、そのヨーガ行者が社会奉仕に熱心に取り組んでいて、南インドのカルナータカ州の村々の数千人の生徒たちに食事を提供している話をされた。
「私は彼に、仏教とヒンドゥー教の修行が共通していることについて話しました。唯一の違いは、アートマン(永遠なる自我の存在)を信じているか、アナトマン(無我)を信じているかですが、いずれにせよ、それは個人が決めればよいことです」
そこでスワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師は、「法王様、よろしければ、この二つの理論が現実には異ならないことを説明させていただいてもよろしいでしょうか。バラモンの観点から仏教の「空」を説明することができますし、逆もまた同じなのです」と述べられた。
続いて法王は、記者たちとの質疑応答に入られた。法王は、さまざまな異なる宗教哲学が存在しているが、それらはみな、慈悲の心を深めることが目的であることを指摘された。そして、大切なのは慈悲の心の大切さを理解することである、と述べられた。
「創造神としての神を信心していようと、自在天あるいは梵天を信心していようと、あるいはジャイナ教徒や仏教徒のように因果の法を信じていようと、これらの宗教はすべて慈悲の心というメッセージを伝えています。宗教の目的はみな同じです。つまり、愛と慈悲の心は宗教の普遍的な修行なのです」
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スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師と共に記者会見を行なわれるダライ・ラマ法王。2015年8月30日、インド、マハーラーシュトラ州ナーシク(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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法王はまた、インドの強みのひとつは、宗教に対して長年培われてきた世俗的な倫理観にある、と述べられた。そしてパキスタンやバングラデッシュ、ミャンマーといった隣国に比べてインドが安定しているのは、異なる宗教が共存する世俗的な倫理観とアヒンサーという非暴力の伝統があるからである、と語られたうえで、ともすれば物質的な目標に捕われてしまう若者たちにこのような価値観を説き聞かせることの大切さを強調された。
カースト制度について質問が挙がると、法王は、インドの欠点のひとつはカーストという差別である、と答えられた。
「伝統は、義務を教えてくれます。しかし、『権利』が『権力』につながれば、争いにつながります。それが政治というものです」
法王は、スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師のような方がたがカーストという差別に異を唱えてはどうか、と提案されて、次のように述べられた。
「精神的な兄弟姉妹の皆さんには、一般市民の日常生活のよきお手本となっていただきたいのです。とはいえ、正しいことを貫くか、既得権利を持つ人々の要求を尊重するか、という選択に直面すれば、時には屈強な態度も必要です」
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トリムバケーシュワル寺院で行なわれたヒンドゥー教の礼拝儀式で、灯明を捧げられるダライ・ラマ法王。2015年8月30日、インド、マハーラーシュトラ州ナーシク(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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夕方、法王は再びこの三人のヒンドゥー教の指導者に会われ、その哲学的見解について語り合われた。サムドン・リンポチェ、ガンデン寺シャルツェ学堂学堂長のチャンチュプ・チューデン、ヤンテン・リンポチェ、スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師の弟子たちも何人かこれに加わった。活気に満ちた対話が行なわれ、法王とスワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師は、「知識を実践に結びつけていかなければならない」という意見の一致に至った。法王は、このような有益な対話がチベット仏教徒とヒンドゥー教徒との間で今後も行なわれるならば、異なる宗教間の理解と調和を深めるのに大きな寄与を果たせるはずである、と述べられた。
日が暮れる頃、法王は、スワミ・グル・シャラナンダ・マハラジ師や大勢の帰依者と共にヒンドゥー教の礼拝儀式に参加され、ゴダヴァリ川の岸辺で灯明を捧げられて、一日の幕を閉じられた。