「これが私の唯一の仕事だからです。私は仏教僧として、そしてナーガールジュナ(龍樹)をはじめとするナーランダー僧院の偉大な学匠たちの弟子として、心や感情がどのように作用するのかを学んできました。他者のために尽くすことができるのは、このような学びの経験があるからのように思います。私は毎日、母なる一切有情の幸せのために祈りを捧げています。祈っているのに何もしなかったら、ただの偽善者になってしまいます」
続いて、ダライ・ラマ15世誕生の可能性についての質問に、法王は、15世の認定が行なわれるかどうかは別として、ご自身はこの世にとどまり続けるつもりである、と述べられた。
「このことは、固く決心しています。ダライ・ラマ1世の伝記に、私の年齢くらいのときに“私は年をとった”とおっしゃったことが記されているのですが、それを聞いた弟子たちは、“猊下は必ず浄土へ行かれますから御心配いりません”と言ったそうです。すると1世は、“浄土へ行くことなど望んでいない。苦しんでいる人たちを助けることができるように、苦しみが存在するところに生まれたいのだ”と述べられたそうです。私も同じことを望んでいます。」
アン・カリー氏が、法王の誕生日にフェイスブックに掲載するためのメッセージを求めると、法王は次のように述べられた。
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KIPニュースのアン・カリー氏のインタビューを受けられるダライ・ラマ法王。2015年7月5日、米国、カリフォルニア州アナハイム(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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「皆さんのあたたかいお気持ちにお礼を申し上げます。じつに大勢の方々が、私の誕生日をお祝いしてくださいました。そのお返しに私から皆さんにお伝えしたいことは、どうかご自身の心をもっと注意深く見守り、悪い感情を克服するよう取り組んでいただきたい、ということです。私は80歳になりましたが、これまでさまざまな困難を経験してきました。16歳で自由を失い、24歳で祖国を失い、以来、胸を引き裂かれる思いでチベットのニュースに接しています。そのような人生において私が頼りとしてきた親友は、あたたかい心と知性です。このことを、皆さんとぜひ分かちあっておきたいと思います」
次に法王は、CBSニュースのインタビューに応じられた。カーター・エヴァンズ氏が、法王が誕生日を迎えられて、世界中の人々がお祭り気分だと思うが、法王ご自身は誕生日をどのように受けとめておられるのかお尋ねすると、法王は次のように述べられた。
「何も特別なことはありません。いつものように太陽が昇り、沈んでいきます。いつもと同じような24時間ですが、だれかの誕生日だと知っていたら、お祝いしたくなるものです」
エヴァンズ氏が、法王が環境問題に熱心に取り組まれている理由をお尋ねすると、法王は次のように語られた。
「チベットを離れるまでは、環境問題について考えたことはありませんでした。インドに来て、水は汚染されている場合が多いからチベットにいたときのように生水をそのまま飲んではいけない、と言われて驚いたものです。以来私は、地球のことをひとつしかない家として大切にしなければならないと考えるようになりました」
「私たちは暴力を目にしたり暴力的に感じたりすると、即座に心が衝撃を受けます。しかし環境へのダメージは、そのようにすぐにはわかりません。手遅れになるまで気づかない場合が多いのです。ですから、日々の生活の一部として地球をケアすることができたなら、より効果的に地球を守れるはずです」
続いて法王は、80歳の誕生日を祝してホンダ・センターで開かれた特別朝食会にご出席された。法王は集まった人々に向けて演説をされ、思いやりの心を育むにはもっと知性を用いる必要がある、と述べられた。そして、思いやりとは、何も新しいものではなく、だれもが昔から慣れ親しんできたものである、と語られた。私たちはみな、心の中に思いやりの種を持っていて、その種を育むことができるのである。このようなことは過去には宗教から学ばれていたが、こんにちでは宗教を信心していない人も多く、たとえ宗教を信心している人でも、祈りを捧げるために足を運んで何も学ばずに帰ることは多い。
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ダライ・ラマ法王の80歳の誕生日を祝して開かれた特別朝食会で、参加者に向けてお話をされる法王。2015年7月5日、米国、カリフォルニア州アナハイム、ホンダ・センター(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁) |
「敵のことをも思いやれる心を培うには、知性を用いなければなりません。これは、怒りが心の平和を破壊することを理解するのに理性を用いるのと同じことです」
法王は朝食会の終わりに、ノーベル平和賞受賞者のご盟友であるジョディ・ウィリアムズ氏とシリン・エバディ氏をおそばに呼ばれた。法王は、二人には先日ローマで開催されたノーベル平和賞受賞者の集まりで会ったばかりである、と述べられて、その会合の終わりに宣言された核兵器の廃絶への取り組みについてお話しされた。その会合では宣言をするだけでは十分ではないとして、大量破壊兵器の削減および廃絶に向けた具体的なスケジュールが必要であり、核兵器保有国にはそのスケジュールを順守してもらう必要があることが言明された。法王は、核兵器を廃絶するには民衆の力を結集する必要がある、と述べられた。
続いて法王は、米連邦議会下院の外交委員長エド・ロイス氏と会合を行なわれた。
続いて、PBS南カリフォルニア放送局のマリア・ホール・ブラウン氏のインタビューに応じられた法王は、倫理や心のよき本質というものは、20年前にはまったく関心が寄せられていなかったが、この10年で関心が高まってきたことを指摘された。そして、現在の教育システムの欠点に気づき始めている人たちが次第に増えていて、科学者たちもまた心の働きに関心を寄せていることは希望の源である、と語られた。
また法王は、地元のオレンジ・カントリー・レポーターの質問に答えられ、“人類はひとつ”という考えを深めていくのは、人間として私たち全員に課せられた責任であるが、とりわけ多民族国家や多様な宗教が共存する社会では“人類はひとつ”という考えを深めていくことが大切である、と述べられた。
昼食後、アン・カリー氏のエスコートの下、ホンダ・センターのステージに立たれた法王は、1万8千人の聴衆の歓迎を受けられた。子どもたちが歌を披露するなか、法王のこれまでの人生の節目の映像がスクリーンに映し出された。アナハイム市長のトム・テイト氏はダライ・ラマ法王を聴衆に紹介すると、今年のはじめにダラムサラで法王に謁見するに到った経緯を説明した。法王は当時、デズモンド・ツツ元大主教とともによろこびについての本を制作するための対談に取り組んでおられた。
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ダライ・ラマ法王の80歳の誕生日を祝して開かれた祝賀式典で、法王への感謝の言葉と聴衆への歓迎の言葉を述べるNPO「フレンズ オブ ダライ・ラマ」の設立者テンジン・ドンデン師。2015年7月5日、米国、カリフォルニア州アナハイム、ホンダ・センター(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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次に、今回のイベントの主催者で、NPO「フレンズ オブ ダライ・ラマ」の設立者テンジン・ドンデン師が登壇し、ダライ・ラマ法王と参加者に向けて歓迎の挨拶をした。テンジン・ドンデン師は、大勢の方への感謝は尽きないが、とりわけピエール・オミダイア氏、テイト市長、ホンダ・センターのスタッフ、そして自身の導師たちへの謝意を伝えたい、として、ダライ・ラマ法王は慈悲の具現そのもののである、と法王を称えた。
また、フェイスブックのビデオメッセージが上映され、ラリー・キング氏やアリアナ・ハフィントン氏をはじめとする大勢の人々からのお祝いのメッセージが法王に捧げられた。ラナグラウンドの「ウィー・アー・ワン(私たちはひとつ)」が流れてビデオメッセージが終わると、ラナグランドがステージに登場し、「ウィー・アー・ワン」を生演奏した。子どもたちも加わり、楽しそうにいっしょに歌った。
次にアン・カリー氏は、法王に感謝の言葉を捧げるために集まった支援者たちを紹介した。俳優のジョシュ・ラドナー氏、ロバート・サーマン教授、デズモンド・ツツ元大主教のご令孫、オーストラリアのコーディー・シンプソン氏、医師のエラヘ・ミジャラリ・オミダイア博士、カリフォルニア大学アーバイン校副総長のトーマス・パラム氏、俳優のウィルマー・バルデラマ氏、女優のジュリア・オーモンド氏、海洋学者のウォルター・ムンク氏ならびにビーブハドラ・ラマナザン氏に続いてコメディアンのジョージ・ロペス氏が登場すると、会場は笑いに包まれた。さらに、ミュージシャンのランディ・ジャクソン氏、人権活動家でノーベル平和賞受賞者のシリン・エバディ氏、実業家のアンソニー・メリコフ氏、平和活動家でノーベル平和賞受賞者のジョディ・ウィリアムズ氏、ミュージシャンのM.C.ハマー氏、北米先住民を代表してジョネル・ロメロ氏が法王にお祝いの言葉を捧げた。
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ダライ・ラマ法王の80歳の誕生日を祝して歌を捧げるミュージシャンのマイケル・フランティ氏。2015年7月5日、米国、カリフォルニア州アナハイム、ホンダ・センター(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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サンフランシスコで暮らす30名のチベット人の子どもたちがチベットの伝統的な歌を披露すると、続いて、ミュージシャンのマイケル・フランティ氏がステージに上がり、聴衆とともに法王にお祝いの歌を捧げた。
法王は、巨大なバースデーケーキにナイフを入れられると、一皿のケーキを手に講演台に立たれ、次のように聴衆に語られた。
「兄弟姉妹の皆さん、こんなに大勢の方たちが思いやりの大切さを表明してくださり、私は喜びで胸がいっぱいです。皆さんから勇気と希望をいただきました。私は常々、自分の存命中に思いやりにあふれた世界が実現するのを目にすることはないだろうと思っていました。しかし、平和の源は私たちの内なる心にあり、世界を変えるには私たち皆が心の平和を育んでいかなければならない、という考えには、じつに大勢の皆さんの共感をいただいているようです。科学者や教育者たちもこの考えに関心を寄せてくださっていますから、私が思っているよりも早く平和な世界を実現できるかもしれません。私の友人であるジョディ・ウィリアムズが“常に行動しよう”と訴えているように、チベットにも“9回失敗したら、9回挑戦せよ”ということわざがあります」
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「世界思いやりサミット」の1日目、ダライ・ラマ法王の講演と法王の80歳をお祝いする祝賀式典に参加するために集まった1万8千人を超える人々。2015年7月5日、米国、カリフォルニア州アナハイム、ホンダ・センター(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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「私も人生においてさまざまな困難を経験しましたが、真実に忠実であること、正直であること、信念に基づいて行動することを忘れたことはありません。時の流れとともに、真実の力は増し、銃の力は弱まります。より思いやりに満ちた世界は、生きとし生けるもののみならず、自然環境にも恩恵をもたらします。普遍的な思いやりの心、敵のことさえをも思いやることのできる公平な思いやりは、私たち皆の手の届くところにあるのです」
「私たちはだれもが母親から生まれてきました。だれもが母親の深い愛情の下に生を得ていて、“テロリスト”と呼ばれる人たちも例外ではありません。大勢の皆さんの前でお話しをするこの機会に、私もまた同じひとりの人間にすぎない、ということをお伝えしておきたいと思います。私たちはだれもが人類の一部です。その意味ではだれもが同じであり、未来は他者にゆだねられています。私は毎日、身(からだ)、口(言葉)、意(心)を母なる一切有情の幸せのために捧げています。そして、次の言葉を唱えています。
この虚空が存在する限り
有情が存在する限り
私も存在し続けて
有情の苦しみを滅することができますように
続いて法王はディスカッションを行なわれ、怒りのエネルギーは状況をエスカレートさせるが、それは盲目的なエネルギーであることに言及された。一方で、思いやりのエネルギーは直接的で、意義ある人生へと導いてくれる。私たち人間には、穏やかな心、他者の幸せを思う心が必要なのである。思いやりもさまざまであるが、大切なのは、それが真の思いやりであることだ。法王は、自由、権利、民主主義の決定的な概念として、人間の性質は基本的によきものであるということが前提にある点を強調された。
ステージを後にされる法王に、アン・カリー氏は次のようにお伝えした。
「猊下、今日は猊下のお誕生日をお祝いするためにここに集まりましたが、私たちのほうが贈り物をいただいたように思います。ありがとうございました。お誕生日おめでとうございます」
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ダライ・ラマ法王に歓迎の言葉を述べるアナハイム市のトム・テイト市長。2015年7月5日、米国、カリフォルニア州アナハイム、アナハイム劇場(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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法王は、アナハイム劇場に移動され、トム・テイト市長の招きで特別歓迎会に出席された。今回あらたに「思いやり街」宣言が行なわれたアナハイム市で、法王はあらためて、思いやりの心は教育を通して高めることができる、というご自身の信念についてお話された。
テイト市長は、地元の学校ではすでに「100万回の親切をしよう」というプロジェクトが始まっていることについて語った。そしてその成果として、いじめの報告件数が減り、子どもたちの幸福感と満足度が高まっていることを説明した。近隣の街、サンタ・アナ市のミゲル・プリド市長は、サンタ・アナ市内の学校でも「100万回の親切をしよう」を手本として授業に取り入れていく計画があることを発表した。
さらに法王は、ガーデン・グローブ市のバオ・ギュイェン市長の招きで歓迎会に出席された。およそ1千人の聴衆を前に、法王は次のように述べられた。
「兄弟姉妹の皆さん、思いやりや許しといった心のよき本質は、平和や安楽、心の強さをもたらしてくれますから、私たちにとって大きな助けとなります。一方で、怒りや怖れは何ひとつ私たちのためになりません。怒りや怖れは心の平安をかき乱します。ここにはベトナム人の方が大勢おられるようですね。皆さんのように祖国から離れて暮らしておられる方々にアメリカやフランス、オーストラリアでもお目にかかりましたが、どの地域でも、ご自身の文化や信仰を遺産として守り伝えるために懸命に取り組んでおられました。皆さんの取り組みを心から称えたいと思います」
米国在住のベトナムの人々から法王に証書が贈られ、ウェストミンスター市長が、思いやりある行動のお手本として法王を称えた。そして、ガーデン・グローブ市の市長から、法王に名誉市民の称号の象徴としてガーデン・グローブ市の鍵が授与されると、法王は、次のように述べられた。
「まさに、思いやりは、心の平和への扉を開く鍵なのです」
異例に長い一日を終えられて、法王はようやくお部屋に引き取られた。