インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州 カングラ、シドバリ
ダラムサラ郊外にあるシドバリのギュト僧院ラモチェ学堂に、ダライ・ラマ法王の教えを聴聞するため約5,000人が集まった。ギュメならびにギュトのふたつの密教大学の大勢の僧侶たちや在家の人々などで、広い本堂や本堂を囲むベランダ、そして庭までもがいっぱいとなった。いつものように最初に『般若心経』、『現観荘厳論』の開経偈、『ナーランダー僧院の17人の成就者たちへの祈願文』が唱えられた。ギュト僧院長チャド・リンポチェがマンダラ供養と仏陀の身・口・意の三つの象徴を捧げ、法王は説法を開始された。
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ギュト密教大学に到着されたダライ・ラマ法王。2015年5月10日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州、シドバリ(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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法王は、ギュト僧院から長年説法を要望されていたが、それらの多くは広範囲にわたる教えであったため、すぐに応じるのは難しかった。しかし、法王は今がそれらのいくつかを授ける機会であるとお考えになり、以前に南インドのギュメ密教大学でお説きになった、ジャムヤン・シェーパの『金剛怖畏(ヴァジュラバイラヴァ)七品』を教えることに決められた。このような教えを聴聞するためには、密教の灌頂を受法していることが求められるので、ギュメやギュトで言われるように「あなたがどこに行こうとも、秘密集会(グヒヤサマージャ)がなされる」から、法王はこの機会に秘密集会(グヒヤサマージャ)の灌頂を授けることにされたのである。
秘密集会についての解説を終える際に、法王は次のように語られた。ジェ・ツォンカパ(ツォンカパ大師)が、この教えを保存し、管理するものは誰かと尋ねられると、ジェ・シェーラプ・センゲが立ち上がり、「私がいたします」と申し上げ、その後セギュ僧院、後のギュメ僧院を創建された。法王は、ナーガールジュナは般若経(般若波羅蜜多経)の明らかな意味、すなわち空についての主要な解釈者であると述べられた。ナーガールジュナとその弟子、アーリヤデーヴァ、チャンドラキールティは、秘密集会を彼らの密教実践の核心とされている。そして、これは中央チベットにおける二つの密教学堂であるギュメとギュトの伝統である。
密教の灌頂を授けることは単に儀式を行うということではないと、法王ははっきりと説明された。それよりももっと実践的な取り組みが必要であり、菩提心と空を理解する智慧についての基本的な理解を育む必要がある。これらはいずれも経典において説明されている。密教の実践には自分自身を本尊として観想するという側面があるが、それを実践するためには、すべての現象には独立した実体はない、という空の理解が必要だ。そのような理解を通して、煩悩に打ち勝つことができる。
私たちは仏教の一般的な構造について学ばなければならない。ジェ・ツォンカパは、ヨーガ行者(仏教修行者)は多いが、修行も、経典の意味を分析する洞察力も充分ではない、と述べられている。法王は、集まった人々の中には、ギュメとギュトの僧院長たちと元僧院長たち、僧侶、尼僧、在家の人々、多くのチベット人が、そして外国人の中にはかなりの数の中国人の兄弟姉妹がいることに言及された。
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ギュト密教大学で説法をされるダライ・ラマ法王。2015年5月10日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州、シドバリ(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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「私たちはみなナーランダー僧院の伝統に従う者であり、それゆえ、私たちはみな仏陀の教えの意味を知る必要があります。私たちは学ぶ必要があるのです。仏陀は弟子たちに対して、説かれた教えを文字通りに受け入れたり、仏陀が説いたからといって受け入れたりするべきではなく、それを自分で考察し、調べ、試すべきである、と言われています。これはまた、『教えを本の中のものとせず、実践に適用せよ』という意味でもあります。ジェ・ツォンカパも、多くを学んでいても実践の要点に熟達していない者が多い、と言われていますし、理由と論理によるべきであり、信仰だけによるべきではない、とも述べられています。これに関連して、私が初めて科学者たちとの対話を始めたとき、年長の僧院長たちは慎重でした。しかし今では、科学者と仏教者の双方がお互いの役に立つことを認めています。」
法王は前行法話に入られると、テキストに選ばれたもののうち、ジェ・ツォンカパが中観思想の学修を完成し、最終的に空を理解したときに著された『縁起讃』から始められた。空を理解すると、苦しみの止滅の境地に至ることが可能となる。法王はクヌ・ラマ・リンポチェからシェーギュン(解説の口頭伝授の系譜)を受けられ、クヌ・ラマ・リンポチェはゲン・リクジン・テンパから受けられた。ルンギュン(師がテキストを弟子に読んで聞かせるという口頭伝授の系譜)については、法王はティジャン・リンポチェから伝授を受けられている。
続いて法王は、ジェ・ツォンカパが下士・中士・上士という三種類の修行者のための修行道について最も簡潔に示された『体験の歌』(別名『菩提道次第集義』)を解説され、その第11偈と第12偈でアドバイスされている通りに教えを実践に生かすことも勧められた。
そこで、今世と来世における
すべての幸運をもたらす源をよく手繰ってみると
修行道を示してくれる聖なる精神の導師に
考えかたと実践において正しく頼るように努力することである
これを知って、命を賭けても〔師と〕離れることなく
お言葉通りに実践することを師への供養として師を喜ばせるべきである
修行者である私も、このように実践したのだから
解脱を求めるあなたもまた、これと同じように修行するべきである
法王はまた、ミラレパのおことばにも言及された。
「私には修行のほかには供養できるものがない。」
法王は、結論として、『菩提道次第集義』はアティーシャの『菩提道灯論』の要約であると述べられた。そして、ジェ・ツォンカパが出離、菩提心、空を理解する智慧について説かれた『修行道の三要素』を力強く読誦された。その最後にジェ・ツォンカパは、弟子のガワン・ダクパに次の助言を与えてそれを強く勧められている。
このように修行道の三要素の真髄を
自らかくの如く正しく理解した時
静謐の地にとどまり、精進の力を起こして
めざす境地を速やかに成就するべきである
我が子よ
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ギュト密教大学でダライ・ラマ法王の説法に参加する約5000人の受者たち。2015年5月10日、インド、ヒマーチャル・プラデーシュ州、シドバリ(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁) |
最後に、法王は、ジェ・シェーラプ・センゲから始まる教えを基にしてダライ・ラマ7世が著された『中観の四念住』(中観の四つの注意深い考察)を短く読誦された。法王はヨンジン・リン・リンポチェからこれを授かったと述べられた。上師の瞑想(上師の念住)、菩提を熱望する瞑想(慈悲の念住)、自分のからだを本尊のおからだとして観想する瞑想(本尊の念住)、そして、空の瞑想(空の念住)という対象を注意深く考察する四種類の瞑想について簡潔に説明された。第三の念住の説明にいたると、法王は笑いながらおっしゃった。
「私たち、ここにいる僧侶たちはみな、秘密集会を実践しますね。しかし、あるカダム派の師は、『だれもがご本尊を瞑想し、だれもが真言を唱える。しかし、考えるべきことが欠けている。』とおっしゃいました。」
法王が読誦されたテキストは、秘密集会の実践修行を支え、補うものであると指摘され、聴聞者たちに対して、『中観の四念住』を暗記し、他のテキストを繰り返し読むように強く勧められた。月曜日と火曜日に秘密集会の灌頂を伝授し、水曜日にジャムヤン・シェーパの『金剛怖畏(ヴァジュラバイラヴァ)七品』の解説をなさる予定である。