法王は今朝、チベット亡命政権議会議員のカルマ・イェシェー氏の企画によるチベット文化祭に足を運ばれた。この文化祭では、チベットの歴史を紹介する展示や薬師如来の砂マンダラの制作のほか、チベット医学暦法研究所の医師たちに医療相談を行なう場も設けられている。
法王が会場に着かれ、ステージ上の席に着座されると、ソマイヤ・ビドゥヤビハール大学の祈りの言葉がサンスクリット語で唱えられた。ソマイヤ財団の理事長で、「知識こそ解放である」をモットーとするサミール・ソマイヤ理事長がダライ・ラマ法王を紹介し、本校へのご訪問は今回が3度目であると語った。ソマイヤ理事長は、1959年に理事長の祖父がソマイヤ・ビドゥヤビハール大学を開校したのは、どのような身分や生い立ちの人でも入学でき、どのような分野の教育をも受けられることが目的であったこと、そしてその願いは今日も生き続け、心の訓練に役立つ全体的(ホリスティックな)教育を提供するというかたちで引き継がれていることを語った。そして「ダライ・ラマ法王にお話をお願いする前に」として、「意味のない千の言葉を聴くよりも、平和を得るための言葉をひとつ聴くほうがよい」という『法句経』の言葉を紹介した。そこで、ダライ・ラマ法王は、次のように述べられた。
「私はまたここに来ることができたことを大変うれしく思っています。あなたのお父上にお会いしましたが、すばらしいとしか言いようのない本当にすばらしい方でした。新たな顔ぶれになり、年をとった人たちがいなくなるのは自然なことです。大切なのは、意義ある人生を送ることです。そうすれば、私たちは後悔なく死ぬことができます。「意義ある」とは、お金や名声を得ることではなく、他者の力になるということです。私たちは皆、私たち人類の兄弟姉妹を助けるという責任があります。私は、この学校でさまざまなスタイルの教育を受けられる機会が提供されていることを、心からすばらしいと思っています。」
法王は、これから仏陀の教えを説くので、まず『吉祥経』をパーリ語で唱え、次に『吉祥なるナーランダー僧院十七人の賢者への祈願文をチベット語、ヒンディー語、英語で同時に唱えましょう、と述べられた。そして、祈願文を書かれた理由を述べられるにあたり、祈願文の奥付けを引用された。「近年、この世界における科学技術の発展には目覚ましいものがある。しかし一方では、慌ただしい生活の雑踏に紛れて心は騒然としているのも確かであろう。こうした時代において、私たち仏陀の教えに従う者たちが、仏陀の教えがいかなるものであるかということを理解し、その上で信仰を持つということがきわめて大切だと思われる。そこで、客観的な心を持ち、懐疑心も抱きつつ、詳しく検討し、根拠を見出さねばならない。」
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サマイヤ・ヴィダヴィハー大学で初日の法話を行なわれるダライ・ラマ法王。法話は4日間にわたって行なわれる。2014年5月30日、インド、ムンバイ(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁) |
「私たちは、仏陀が説かれたことを完全に理解した21世紀の仏教徒にならねばなりません。ただ目を閉じて、帰依の偈を唱えるだけでは十分とはいえません。その意味を知らなければなりません。なぜ仏陀は尊敬されているのでしょうか?その行ないと知識ゆえに尊敬されているのです。私たちは仏陀の優しいお顔をよりどころとしているだけではいけません。その教えを、懐疑心を抱きつつ分析しなければならないのです。理智の見地からも、仏陀の教えはすばらしいものです。しかしさらに重要なことは、私たちはその教えを用いることで、悪い感情をよい感情に転換させることができるということです。仏陀ご自身も、そのように幾世にもわたって心を鍛えられた末に悟りを得られ、仏陀となられたのです。」
法王は、教えを検討する時には、偏ることなく客観的に検討しなければならないと説かれた。そして、いくぶんの懐疑心も抱きながら、疑問を持ちつつ、根拠を探ることで、その結果として答えが生まれてくる、と述べられた。これは、ナーランダー僧院の偉大な学匠たちが行なっておられた方法である。仏教一般、とりわけナーランダー僧院の伝統では、根拠を用いることが重視されている。法王は、ナーランダー僧院の学匠たちによって書かれたテキストはきわめて有用であり、法王ご自身も7歳の時からそれらのテキストを学び始めたと述べられた。また法王は、19世紀末と20世紀始めに西欧の著述家たちがチベット仏教をラマ教として退けたことがあったが、それはチベット仏教の真の価値を見落としていたからであると述べられた。彼らは、チベット仏教が哲学や認識論として用いられていたことや、密教の微細な部分をまったく認識していなかったのである。
仏教は、8世紀にチベットの皇帝がナーランダー僧院の最高の学者であったシャーンタラクシタ(寂護)を招聘したことによってチベットにもたらされた。シャーンタラクシタは300巻以上の仏典の翻訳に着手された。原典のほとんどはがサンスクリット語であったが、パーリ語や、中国語のものもあった。チベット人はこれらのテキストを厳密に研究し、最終的にチベット語の注釈書を編纂した。11世紀にアティーシャがチベットにいらした時には国は分裂していたが、人々は、アティーシャの教えがナーランダー僧院の伝統に根ざしたものであるということを深く広く感じとることができたのである。法王は、これらの古代インドの学匠たちはチベット人の導師であり、チベット人は門弟あるいは弟子として、これらの導師たちは信頼に値するということを証明した、と指摘された。つまりチベット人は、発祥の地で忘れられてしまった仏教の価値を守り続け、実践し、今再びインドに持ち帰ったのである。
「なぜ私たちには心の平和が必要なのでしょうか?一つには、穏やかな心は健康のためにも大切なものだからです。絶え間ない恐怖や怒り、ストレスによって、私たちは病気になることもあります。一切有情は皆、幸せな暮らしを望んでいます。しかしそのほとんどは、動物や鳥がそうであるように、感覚レベルでの幸せを求めているにすぎません。動物や鳥も、愛情や優しい言葉に応えることはできますが、その知性には限りがあります。しかし私たち人類には、将来を予測し、過去を記憶することのできる知性があります。私たちは言語や文字の発明だけでなく、信仰心も育んできたのです。」
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サマイヤ・ヴィダヴィハー大学でダライ・ラマ法王の法話を聞く聴衆。2014年5月30日、インド、ムンバイ(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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法王は、創造神としての神の存在を受け入れている宗教では神を信仰しているが、仏教のように創造主としての神の存在を受け入れていない宗教では、因果の法を信じている、と説かれた。いずれのアプローチも過去には人類に大きな利益をもたらしており、将来もそうあり続けるであろう。人間が神の創造物であると信じる人々は、すべての人の内に神の煌きを見る。一方で仏教徒は、誰もが仏陀の性質を持っていると語る。無神論の伝統宗教では、私たち自身の努力が非常に重視される。私たちが善い行ないをすれば、善い結果がやってくる。喜びをもたらす行ないを善とみなし、苦悩をもたらす行ないを悪とみなすのだ。法王は、次のように述べられた。
「アンベドカー博士を信奉する私の友人のなかには、“カルマ”という言葉を嫌う人々もいるのですが、それは、この言葉がカースト制度を正当化するために支配的カーストの人々によって使われていたからです。チベット人のなかには、すべてはカルマに依存しているのだからできる事は何も残されていない、と言う怠け者や敗北主義者もいますが、そうではなく、私たちは、より強力なカルマを作り出せるように真剣に取り組まねばなりません。そうすることで、悪いカルマが減り、ときには無効にすることもできるからです。強力な正しい行ないは、それまでの悪い行ないの結果を防ぐことができます。私たちが何をするかに依存しているのです。釈尊が、私たち自身が自分の主人である、とおっしゃったのはそういうことです。」
「私たち仏教徒は、自我というものが身体や心と切り離されたものであると考えているのではありません。独立した自我はない、と私たちは言いますが、それは、身体や心に依存して存在している自我があるということなのです。」
一部の人々は仏教について、仏教とは宗教というよりもむしろ心の科学である、と語るが、事実、ナーランダー僧院の伝統とは集中や洞察の訓練であり、心の働きに関する理解の宝庫である。そしてまた、大乗仏教と量子物理学も、同様の方法論をとっている。インドの原子物理学者ラジャ・ラマナン氏はかつて法王に、ナーガールジュナの著作で読んだことは量子物理学のアプローチと通ずるものがある、と話したことがある。またナーランダー僧院の伝統には、心の平和を妨げるような感情に対して対策を講じるための情報が豊富にある。
法王は、インドの主要な宗教は長い間共存してきた、と述べられた。そしてアドヴァニ氏の言葉を引用して、インドで民主主義が成功したのはアヒンサー(非暴力)という考え方があったからであり、他の人々の権利や考え方を尊重していたからである、と語られた。さらに法王は、自身の信仰を守ることは大切であるが、同時に他の人々の信仰を尊重することも大切である、と述べられた。異なる宗教間の調和は、長きにわたるインドの伝統であり、インドは異なる宗教間の調和が実現可能であることを示すよき手本でもある。法王は、外国を訪問する時はいつも、“自分はインドの使者である”と考えている、と述べられた。
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サマイヤ・ヴィダヴィハー大学で初日の法話を行なわれるダライ・ラマ法王。法話は4日間にわたって行なわれる。
2014 年5月30日、インド、ムンバイ(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁) |
もし、倫理がたった一つの宗教に依存していたならば、その訴える力はごく限られたものになっていただろう。倫理は、信仰を持たない10億の人々も含めた70億人の人類すべてに届くものであらねばならない。ゆえに法王は、私たちには世俗的倫理のシステムが必要である、と述べられたのであり、学校で活用するための世俗的倫理のカリキュラムが作られつつあることにふれられたのである。
昼食のための休憩を終えると、法王は教えを再開され、キリスト教徒とイスラム教徒の友人のなかには、世俗主義は無神論と同種と思われるので宗教に反するとして、世俗主義に反対する人々もいることを明らかにされた。法王はこれには異議があるとして、次のように続けられた。
「私たちが正直で誠実であるならば、そして他の人々が幸せな状態であるか心を配り、敬意を払うならば、いじめや搾取、詐欺が行なわれるような余地はありません。私たちは、思いやりの心が多くなればなるほど自分を信じることができるようになり、正直さや誠実さ、透明性も高まります。つまり、世俗的倫理の本当の意味は、「思いやりのある温かい心」ということになります。このような心の温かさは必ずしも信仰から得る必要はなく、愛情という自然な感覚から引き出されます。例えば、犬や猫は、心からの愛情を理解することができます。彼らは愛情に応えることができます。犬は笑うことはできませんが尻尾を振りますし、猫は喉をゴロゴロ鳴らして爪を引っ込めます。」
私たちは皆、他の人々に依存して生きているのだから、他者への愛情が必要である。それなのに私たちはこの愛情という因子を友人や親類にだけ与える傾向がある。敵もまた人間であり、人類の兄弟姉妹であり、愛と思いやりを捧げるべき者として見ることができるようになるためには、知性を使う必要がある。そしてこれができるのは人間だけなのである。法王は、思いやりの心は幸福の源であり、一方で、自己中心的な態度は究極的には暴力につながりかねない、と説かれた。そして、汚職も暴力のひとつの形である場合が多いことにふれて、正直で誠実であることもアヒンサー(非暴力)の実践に含めるべきである、と助言された。そして法王は、私たちの行動の質は、それが良いものであれ悪いものであれ、それを行なう動機に依存する、と述べられた。これが、心を鍛えて転換させなければならない理由である。
また仏陀の教えを説かれるにあたり、法王はリクエストに応じて説かれている。ベナレスでは、四聖諦(四つの聖なる真理)を説かれ、3回解説された。四聖諦の本質とは、苦しみがあること、その苦しみの原因があること、苦しみは滅することができること、苦しみの止滅に至る道があることであり、なすべき行ないとは、苦しみがあると知ること、苦しみの原因を滅すること、苦しみの止滅に至る道を実践し、苦しみの止滅の境地に至ることであり、その結果とは、苦しみの止滅の境地に至ったなら、再び苦しみを知ることも、苦しみの原因をなくすことも、苦しみの止滅に至る道を実践することも、もはや必要ではないということである、と述べられた。
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サマイヤ・ヴィダヴィハー大学で行なわれたダライ・ラマ法王の法話会の第1日目、法王に質問をする聴衆。2014年5月30日、インド、ムンバイ(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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また法王は、アメリカ人の心理学者アーロン・ベック氏から聴かれた話を紹介して、私たちは怒ったり執着したりするが、そのようなとき、私たちは怒りや執着の対象を完全に否定的にあるいは魅力的に捉えているものであるが、しかし、このような否定や魅力の90%は、私たち自身の心の投影である、と述べられた。そして、これはナーガールジュナの教えとも合致すると評された。
法王は、苦しみの根本は無知である、と述べられた。因果の法では、無知は、現実についての無知に根ざしている。釈尊は生涯に三度説法の輪を回された。その第一の法輪で説かれたのが四聖諦であり、第二法輪では、ものの実体は存在しないという究極のありようを説かれ、第三法輪では、汚れがなく、対象物を知ることができるという心の本質を説かれた。心の本質がそのようなものであるがゆえに、私たちは苦しみの止滅に至る道を実践することで苦しみの原因を滅して苦しみの止滅に至り、それによって心の汚れを滅して苦しみを克服できるのである。
次に法王は、聴衆からのいくつかの質問に答えられた。質問には、どのように瞑想を行なうべきであるか助言を求めるものもあった。法王は、カマラシーラの『修習次第』中篇を読むことを薦められた。さらに怒りをどのように克服するかについては、シャーンティディーヴァ(寂天)の『入菩薩行論』の第6章を学ぶことを薦められた。そして最後に、アヒンサー(非暴力)を実践するということは菜食主義であらねばならないということではないのか、という質問に対し、法王はあるスリランカ人の僧侶の話を引用されて、「喜捨に頼る仏教の僧侶は台所を持たないので、与えられる物は何でも受け入れなければならない」と述べられた。つまり、菜食主義者でも非菜食主義者でもないとした上で、チベット人社会では、学校や僧院の台所は一般的に菜食主義である、と述べられた。また、菜食主義を奨励するけれども、法王御自身は健康上の理由からチベット医学やアユールヴェーダの医師の助言に従っており、完全な菜食主義の食事を続けることができないことを認められた。