ノルウェー、オスロ
ダライ・ラマ法王はノルウェーの最高立法府である国会議事堂の階段で、「チベットを支援するノルウェー国会議員の会」のメンバーであるケティル・キェンセット氏、リーヴ・シグネ・ナーヴァルセーテ氏らの出迎えを受け、議事堂の中へと進まれた。ケティル・キェンセット氏は自身の選挙区オップランドの民族衣装に身を包み、ノルウェーで初めてチベット人難民を受け入れた地区であることを説明した。連立する党の議員や、その他政党の代表、若手代表らによる自己紹介が終わると、法王が講演を始められた。
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会見前に国会議事堂の階段で法王と面会する「チベットを支援するノルウェー国会議員の会」メンバー。2014年5月9日、ノルウェー、オスロ(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁)
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「親愛なる方々、こうしてお招き頂き、大変名誉なことだと思っています。私は民主主義に深い敬意を抱いています。この世界は全人類のものであり、我々全員が所有者なのです。それぞれの国は、そこに住む人々のものです。そうした人々が政府を選ぶのですから、人々にはその責任があります。2011年より、私は政治的指導者としての立場から完全に退き、またダライ・ラマ制度自体もそうした政治的な責務から外しました。」
法王は続けて、7~8世紀の頃、ナーランダー僧院の仏教がチベットに伝えられ、チベットの生活全体が変化し、平和と非暴力の文化や慈悲の文化が芽吹いたことを話された。中国も又、文化大革命下で仏教を排除しようとしたものの、歴史的には中国は仏教国であると述べられた。現在でも約4億の人々が自分を仏教徒であると考えている。
また環境面について述べられ、中国の環境活動家たちが、チベットは北極や南極に匹敵する影響力を持つとの見解を示し、チベットは「第三の極地」であると例えられていると説明された。アジアの主要な河川はチベットに源流を持ち、十億もの人々がその水を糧として生活している。中国の首相は、中国で発生した未だかつてない規模の洪水は、チベットの山林開拓と森林伐採が原因であるとの認識を示している。
法王は最後に、「皆さんご存知のように、私は一介の僧侶です。人間的価値の促進、異なる宗教観の調和、そしてチベット仏教文化と自然環境の保護に努めているのです。」と語られた。
ケティル・キェンセット氏が会場からの質疑応答を募ると、最初の質問は宗教紛争に関することだった。法王は、多くの場合そうした紛争は、宗教的というよりも政治・経済的なものであると答えられた。一個人は、自分のために一つの宗教、一つの真理のみを考え信じていればそれで足りるものの、今日の世界では、共同体に生きる者として、敬意の念を持って複数の宗教、複数の真理についての知識を持つ必要があるのだ。
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ノルウェー国会議事堂にて「チベットを支援するノルウェー国会議員の会」メンバーに向けて講演をされるダライ・ラマ法王。2014年5月9日、ノルウェー、オスロ(撮影:デュイ・アン・ファム)
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ノルウェーはどのように効果的に人権に取り組むべきか、との質問に対し、法王は、ノルウェーのように比較的小さな国家は脅威と見なされる可能性が低いため、対話によって信頼関係を構築することが出来るとの見方を示され、信頼と尊敬が重要なのだと言われた。数分後に類似の質問が出ると、法王は、「平和と同様、人権の発展というものはただ望むばかりでは実現せず、行動が必要なのです。以前広島で、平和の為に祈祷する際、私は平和を実現する為には努力を怠ってはならないと言いました」と述べられた。
別の質問者は、法王がノルウェーでのおもてなしに温かさを感じて下さったなら幸いです、との前置きをして、「法王はいつも笑顔ですね。どうしてですか?」と聞いた。
「平和とは、実は心の平和と結びついています。怒りは私たちの心の平和を打ち砕いてしまいますが、愛や慈悲、寛容はその源となります。キリスト教やイスラム教のような宗教では、他者の存在を神の創造物だと考えています。私は一度、イスラエル人の先生とお会いしたことがありますが、パレスチナ人の生徒に敵対する防衛官を神だと想像してみなさい、と教えているとのことでした。生徒たちは、なかなか効果的だったと報告してくれたそうです。時に我々は、口先だけで宗教について美辞麗句を述べていますが、信仰を持つならば、誠心誠意向き合わねばなりません。何故私が良く笑い、笑顔なのかについては、秘密です! 実は、私は一日8時間仕事をし、夜は8~9時間は寝るようにしています。笑いというものは人間の能力の中でも特別なものです。人間の笑顔は愛や慈悲の表われですね。」
チベット自治区の将来についての見解を尋ねられると、法王は、1974年頃、中国との話し合いが必要であり、独立を求めることは出来ないことを法王と側近たちで合意したと言われた。歴史的にチベットは中国とは別国であるが、過去は過去である。法王は、ヨーロッパ連合で大きなものの一部として加盟国が存在している状態を理想とされている。チベット人は、中国の憲法に既に明記されているチベット人居住区に、中国政府から権利や特権を確保したいと考えられているのである。人権や環境問題等、例えば地元の人々の意向を無視した採鉱などがそうである。また、中国はチベット語やチベット文化を蔑む傾向があり、それは人権侵害のようなものである。法王は「多様な文字や言語を抱えながらも分離の危機がないインドをご覧なさい」と中国人に指摘されたことがあるという。チベット人は宗教上の自由、言語や文化を守る権利が必要なのだ。
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ノルウェー国会議事堂にて「チベットを支援するノルウェー国会議員の会」メンバーと面会されるダライ・ラマ法王。2014年5月9日、ノルウェー、オスロ(撮影:デュイ・アン・ファム)
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「最後に、チベットは過去に中国とインドの緩衝国として活躍していたという歴史があります。チベットに駐留する中国軍の数がインドに懸念を与えています。チベットの状況が改善されれば、駐留軍の数も減るでしょう。」
ある質問者が、チベットでの人権侵害は世界の中でも最悪な状況の一つであると指摘すると、法王は、15年前、ある共産党書記が党の会議で、チベットの中国からの分離独立は、チベットの仏教文化に根付いているとして封じ込めようとしたと述べられた。ノルウェー人と同様、チベット人は自分たちの文化に誇りを持っており、憤りを覚えた。ラサの街中や寺院に取り付けられた監視カメラが恐怖心や猜疑心を植え付けているのである。
法王は、「しかし、多くの友人たちは、習近平氏は現実的な考え方の持ち主だと言います。彼は賄賂問題に真っ向から取り組んでいますね。最近のフランス訪問では、仏教は中国文化に息を吹き込み、蘇らせ、特別な役割を果たした、と言っていました。70年という月日が経ち、全体主義的なシステムは硬直化しましたが、多くの中国の知識人は自由のために声を上げるようになりました。ヨーロッパ連合(EU)は、こうした人々や習近平に賛成の意向を表明すべきでしょう。世界が倫理的に支持をすることに意味があります。」
「このところ、中国は防衛よりも内政問題に労力を割いています。そんな国は他にありません。温家宝氏は、中国は政治改革が必要であるとして、アメリカ式の民主主義の提唱すらしていました。彼は、中国が世界で建設的な役割を担えるように政策の段取りを構想していたのです。秘密主義や検閲では信頼や尊敬を得ることはできません。」
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ノルウェー国会議事堂にて「チベットを支援するノルウェー国会議員の会」メンバーと談話されるダライ・ラマ法王。2014年5月9日、ノルウェー、オスロ(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁) |
再度、ノルウェーがチベットの人権向上の為にどのような貢献が出来るか、との質問に対し、法王は、胡耀邦氏がかつて自分の目で確かめる為にチベットを訪問したことを紹介された。彼はまず、自分の側近に報告させようと現地に向かわせたが、現地幹部のでっちあげた報告書は受け入れなかったという。まずは自分の足でチベットへ向かい、発見したことを報告することが重要なのである。
チベットで起こっている焼身抗議についての質問が挙がった。法王は、それについてはデリケートな政治的問題であり、強硬路線の人々が法王の発言を曲解することもあるため、発言は控えるとされた。
「焼身抗議が始まった時、私はBBCの担当記者に、このような事態は実に哀しいことであり、チベット問題に果たして影響力があるのか疑問である、と言いました。その後、日本では、一連の事態の病理を速やかに調査し究明すべきだと発言しました。」
ケティル・キェンセット氏は会見を締めくくった。
「笑顔で、そして肯定的なご見解を示して頂き、ありがとうございました。こうしてお迎え出来ましたことを嬉しく思います。」
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ノーベル平和センターにて高校生の一団と会見されるダライ・ラマ法王。2014年5月9日、ノルウェー、オスロ(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁)
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ノーベル平和センターでは、法王はベンテ・エリクセン館長に迎えられ、館内を見学された。その中で、オリジナルキャラクター「フレッド&トカロカ」の子供向けの展示では、最も愛されるノーベル賞受賞者5人の一人として法王が描かれていた。学校で使用される予定の録音会では、法王は、更に世界を幸せにするために愛情の大切さや心の平和について高校生たちと語られた。オスロ市長ファビアン・スタング氏は、法王に自己紹介をする機会を与えられた。
北欧諸国から集まったチベット人や支援者たちと面会された祭は、彼らを激励され、チベットの仏教文化を高く評価して中国政府が変わり続けることを望んでいると表明された。その後、法王はフォルケティーテレへ向かわれ、ノルウェー現代ジャーナリズムの父エリック・ビー氏を追悼したノルウェーのエリック・ビー記念賞(Erik Bye Memorial Prize)が初めて法王に手渡された。受賞スピーチで法王は、世界には倫理が必要であり、倫理の主要な源となるものは、他者への愛情や尊敬の念であると言われた。こういった基本概念は主だった全ての宗教に共通して教えられているものである。非暴力と暴力の違いはその心の動機にあり、行動自体がどのようなものかで判断すべきではないと説明された。
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法王に謁見するために北欧諸国より集まったチベット人とその支援者たち。2014年5月9日、ノルウェー、オスロ(撮影:ジェレミー・ラッセル撮影、法王庁)
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シュグデン信者に関する質問に対し、法王は、ご自身も1951年から70年代初頭まではシュグデンを信仰の対象とされていたが、問題があることに気付いたと説明された。法王はシュグデン信仰をやめられて周囲がそれに気付いたといわれた。法王は、ダライ・ラマ5世と13世がその信仰に反対されていたことから、その理由を釈明する義務があると感じたと言われた。その後の質疑応答では、仏教の中の男女の地位についてや、愛する人をなくした時の対処方法について答えられた。
オスロの各会場では、チベット人やその友人たち、支援者たちが大勢駆けつけて法王への感謝を表わし、法王ご長寿の祈願を捧げていた。その返礼に法王は挨拶をされ、支援者たちへ感謝の意を示された。
法王は明日オランダへ向かわれ、会見や法話を行なわれる。