法王は、「こうして訪問することができて嬉しく思っています」と述べられた後、「昨年ラトビアの方々からの招聘によりこの地を訪問した際、ロシアの方が、法話を聴くためにインドに行くのは非常に難しい、と言われたのです。そこで、ロシアの方々がバルト海の国々に来るのは比較的楽なのではないか、と思い彼に尋ねてみると、それがよいと言っていましたので、今回の訪問を決意しました」と言われた。
次に法王は、生涯の使命とされている三つの重要課題について説明され、幸福を追求するために人間的価値を促進すること、、異なる宗教間の調和をはかること、そしてチベットの言語、宗教、文化、環境の保全と保護活動に努めていることを挙げられ、その後記者団からの質問に答えられた。
ノルウェー政府が、今回のご訪問中に法王に謁見する議員はいない、と発表したことについての質問に、法王は「珍しいことではありません」と答えられた。今回のご訪問の目的は、あくまで三つの重要課題に取り組み、古い友人や一般の人々と交流することであり、どの国を訪問しようとも、面倒な問題を起こすようなことは本望ではない、と付け加えられた。
今日世界各地で勃発している暴力について、法王は、こうした事件の多くは過去の無関心が原因となっている、と言われた。「武器を使用することで、毅然とした態度を取っているように映るかも知れませんが、実際は問題解決を遠ざけ、恐怖心ばかりを煽っているのです。20世紀は暴力の時代でしたから、21世紀は対話をし、紛争に対して平和的に解決することが重要です」と強調された。また、人間的価値の促進を更に充実させるには、女性の方がこういった取り組みに共感する能力が高いため、更に多くの女性たちにリーダーシップを取ってもらうべきである、と語られた。
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報道関係者と会見されるダライ・ラマ法王。2014年5月6日、ラトビア、リガ市(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁) |
ロシアとウクライナ間で意見の対立が続いていることについて、法王は、政治的な問題であり、全てを把握している訳ではないとコメントされた。しかし、どのような狙いがあるにせよ、武力解決では何の解決にもならず、言語と文化の違いは紛争の理由にはならないことを指摘された。法王は、フランス人とベルギーのフラマン語系住民のことや、法の下の自由と民主主義に支えられ、平和的に共生するインド国民のことを例に挙げられた。
次に法王は、法話の会場であるキプサラ国際展示場に移動されて、法王のご到着を待ちわびていた聴衆に向かって挨拶をされると、ロシア語の『般若心経』を唱えるよう促され、釈尊の以下の言葉を引用された。
「私は道を示すことはできるが、その道を行くのは汝である」
続いて、次の偈頌を付け加えられた。
仏陀たちは有情がなした不徳の行ないを水で洗い流すことはできず
有情の苦しみをそのお手で取り除くこともできず
ご自身の悟りを他者に与えることもできないが
真如という真理を示すことによって有情を救済されている
法王は、「不徳の行ないや、他者を傷つける行為によって苦しみが生まれます。従って、不徳の行ないは避けるべきなのです」と説かれた。釈尊は、我々が通常感じる幸福感とは、「変化に基づく苦しみ」であると説かれている。一見するとよい行ないから生じたものであっても、変化するうちに満足のできないものと変わってしまう。苦しみの因は無知であり、無知は現実のありようと全く相反するものである。無知は智慧と相反するものなので、無知を晴らすためには現実のありようを理解する必要があるのだ。無知は他に依存して生じる縁起の十二支の第一の事象である。つまりすべての現象は現実にどのように存在しているのかについて無知である、ということである。我々は、全ての現象の現われと、それらの現実のありようは食い違っているということを理解する必要があるのだ。全ての現象は、まるでそれ自体の側からその自性によって存在しているかのように見えており、あたかも他のものに依存せずに独立して存在しているように見えるが、実際には、他の因や条件に依存して名を与えられただけの存在に過ぎないのである。
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二日目の法話の始めに会場の聴衆に挨拶をされるダライ・ラマ法王。2014年5月6日、ラトビア、リガ市(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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法王はそこで、無知の様々なレベルについて説明された。例えば、自分の鞄に何が入っているのか分からない、というような無知は、単に現状を把握していない、という異なるレベルのものである。人間は、対象物をみてよいものだと思うと、それらのものに対して執着してしまう。対象物がいやなものに見えると、怒りや憎しみが芽生えて来る。無知は煩悩を生むもとになる、誤解に基づいた概念を助長するのだ。アメリカの精神病医学者であるアーロン・ベック氏は、我々の執着や怒りの90%は自分の心の反映に過ぎない、と指摘している。中観派では、実体を持って存在しているように見えるものであっても、それらは実体のない名前を与えられただけの存在に過ぎないと説いている。たとえ世俗のレベルにおいても、すべての現象はそれ自体の側から実体を持って存在しているわけではない。
法王は、過去・現在・未来の三世を例に挙げられた。過去は過ぎ去り、未来はまだ存在しておらず、現在も、これが現在であると指し示すことのできる一瞬をみいだすことはできない。このように、全ての現象は、自性による成立のない空という本質を持っている。
法王は、ナーランダー僧院の伝統である分析と調査に基づいて確信を育むという方法論を賞讃された上で、以下の四つの指針を推奨された。
人ではなく教えに依存するべきである
言葉ではなく意味に依存するべきである
未了義の教えではなく了義の教えに依存するべきである
凡夫の心ではなく智慧に依存するべきである
法王はこう言われた。「21世紀の仏教徒は、釈尊が教えられたように、自分の智慧を十分に発揮し、自分の心の中にある煩悩をなくしていくことが大切です。13世紀に実在したチベットの賢者はこう言いました。例え明日死ぬことが分かっていたとしても、今日の日を勉学に費やしなさい、と。何故なら、そうすることで来世を変えることが出来るからです。勉学について言えば、チベット語はナーランダー僧院の伝統である仏教を勉強するのに最適の言語です。世界中の学者たちがチベット語の仏典を重んじるのは、サンスクリットの訳文として非常に忠実だからです。この理由により、チベット語から英語へと多くの仏典が翻訳されています。煩悩や智慧の障害となるものを取り除くには、菩提心に支えられた空の理解と六波羅蜜の修行が必要です。」
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ダライ・ラマ法王の法話二日目に参加する3500人の聴衆。2014年5月6日、ラトビア、リガ市(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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『般若心経』の解説のまとめに、法王は、修行の行程を示す真言部分である「ガテーガテー パーラガテー パーラサムガテー ボーディスヴァーハー」(掲諦 掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提薩婆訶)とは、「行け、行け、彼岸に行け、彼岸に正しく行け、悟りを成就せよ」という意味であると説明された。最初の二音節「ガテー ガテー」(掲諦 掲諦)は、悟りに至る五つの道の第一の道、資糧道に行け、次に第二の道である加行道に行け、ということを意味している。「パーラガテー」(波羅掲諦)は、第三の道である見道に行け、ということであり、空をはじめて直観を通して見ることができた時に見道に入るのであり、それと同時に菩薩の十地の初地に入ることを意味している。「パーラサムガテー」(波羅僧掲諦)とは、第四の道である修道に行け、ということであり、この段階で菩薩の第十地までのすべての段階を成就することを意味している。「ボーディスヴァーハー」(菩提薩婆訶)とは、仏陀の境地である無学道に至れ、ということであり、完全なる悟りを成就すべきことを諭されている。
ここで再度、会場からの質問を受けられて、法王は、ダライ・ラマ法王5世の自叙伝に、5世は縁起の良い日に生まれたと記されているが、同じ日に犬も沢山生まれているはずなのに、と言われ、占星術については少し懐疑的に思っていることを明かされた。しかし、今までには占星術が当たったこともあり、「法王が25歳になる年に、死ぬか国を去るかどちらかの運命にある」と予言され、現にそうなったと述べられた。又、業(カルマ)とは既に決まっているものなのか、との質問に、法王は、「そうではありません」と答えられ、実際に業(カルマ)が熟してその結果を生むまでには、業(カルマ)が変化する可能性もあると述べられた。例えば、明日オスロ行の飛行機に搭乗することが分かっていても、実際に搭乗して離陸するまでの間に緊急事態や万が一のことがあれば計画は変更せざるを得なくなる。業(カルマ)とは、我々が創り出していくものであるため、常に変化にさらされている、と答えられた。
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ラトビア国会議員と面会されるダライ・ラマ法王。2014年5月6日、ラトビア、リガ市(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁) |
昨日、法王はご昼食後にロシア人の議員5名と面会されており、今日はラトビアの議員7名とヨーロッパの議員2名と面会されている。
法王はステージにお戻りになると、日常の中で瞑想をする方法が説かれている『三十七の菩薩の実践』について説明された。ギャルセー・トクメ・サンポは13世紀~14世紀頃の偉大な菩薩で、菩薩行の実践者として広く知られている。ギャルセー・トクメ・サンポが実践された菩提心を培う修行は非常に効果が高く、ギャルセー・トクメ・サンポがおられたところには常に穏やかな雰囲気が漂っていたとも言われている。
菩提心がテーマであることから、テキストの読解を始めるにあたり、仏陀の慈悲の顕現である聖観自在菩薩の偈頌が唱えられた。法王はテキストを読み進めながら随所で説明を加えられた。そして、釈尊は因なくして悟りを成就されたわけではなく、悟りに必要な因と条件を整えられたことによって悟られたのである、と述べられた。ナーガールジュナは、来世におけるよき再生を得ることと、一切智の境地に至るという二つの目的を分類されて、それらを成就するためには、三学の修行(戒律、禅定、智慧)の実践が不可欠であることを説かれている。
法王は、9回息を吸って吐くことに集中する瞑想方法について会場の聴衆に説明された。この呼吸に集中する瞑想は、内面のエネルギーを穏やかにし、心を落ち着かせ、瞑想に集中する力を養う作用があると言われ、会場にこの呼吸法を実践するよう促された。
法王は三宝(仏陀・仏法・僧伽)への帰依について説明されて、ヒマラヤ地域には「ギャルポ」と呼ばれる守護神が居ると信じられており、その守護神を信仰する人々もいるということを語られた。しかし、そのような守護神を帰依の対象にしてしまうと、仏教徒としての帰依を失ってしまうということも述べられた。以前法王は、そのような守護神の一種であるシュグデンを信仰したことがあるということも語られた。
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ダライ・ラマ法王の法話の通訳を務めたエストニア語、ラトビア語、ロシア語、英語の同時通訳者たち。2014年5月6日、ラトビア、リガ市(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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「私の恩師ティジャン・リンポチェやその恩師パボンカ・リンポチェも同様にシュグデンを信仰されていましたが、帰依していたという訳ではなかったので、帰依の福田となる集会樹に加えられていたわけではありませんでした。しかし、パボンカ・リンポチェの自伝には、ダライ・ラマ法王13世がリンポチェのシュグデンに対する依存のしかたは三宝への帰依を無視していることと同じことである、と注意を促されたことが記されているのです。」
「私は自分自身で調査や分析をした結果、この信仰は断ち切るべきものであると判断しましたが、それまではそうとは知らずに信仰していました。それからというもの、他の人々にもシュグデンの信仰をやめるようにと勧めています。もしも信仰を続けたいのであれば、私から戒律や灌頂を受けないように、と忠告しています。ダライ・ラマ法王5世は、シュグデンは間違った悪い祈願から生じた悪霊であるため、人々にも仏法にもその害が及んでいるということを見極められていたのです。」
「このところ、シュグデンを信奉する人々が私に怒りを露わにしています。今年早くに米国で行われたように、ノルウェーやその他の地域でも私に反対するデモを計画しているようです。ですが、彼らはシュグデンの本質を正確に理解出来ていないので、私は同情を感じています。」
「仏教徒の帰依の対象は三宝なのです。」
「自分と他者の立場を入れ替えて考える」という修行について書かれた偈まで読み進められると、法王は、シャーンティデーヴァの「自他を置き換えることをしなければ、幸福はない」という言葉を引用された。続く偈では六波羅蜜について、最後の偈は廻向で締めくくられた。
最後に、会場からの質問には、流産で亡くした子供の為に母親に何が出来るか、という質問があった。法王は、遺体の処分方法等は問題ではない、と最初に口にされた。そして、個々人に業(カルマ)がある限り、通常親と子や師と弟子などには特別な関係性が存在していると言われ、このような場合には、母親は何か徳を積む行ないをし、積んだ徳を子供に捧げると良いと言われた。法王は、ご自身のお母様を亡くされた時、お母様のために真言を唱えられ、徳をお母様に捧げられたことを明らかにされた。
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法話最終日にダライ・ラマ法王に質問をする聴衆。2014年5月6日、ラトビア、リガ市(撮影:テンジン・チュンジョル、法王庁)
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その他の質問では、自国が強国に侵略された場合、仏教徒として何をするべきかとの質問が上がった。法王は、より多くの人々にとって何が利益になるかを考えて判断するべきであり、状況によると答えられた。ジャータカ物語(本生譚)に、仏陀の前世の一人であった菩薩が、船長だった時の話があると例に挙げられた。船長は、船上の499人の乗客を殺害する計画を企てていた男を殺そうと決めた。そうすることによって大勢の命を救ったと同時に、その男が悪い業(カルマ)を作るのを未然に防いだのである。
その他の質問では、自国が強国に侵略された場合、仏教徒として何をするべきかとの質問が上がった。法王は、より多くの人々にとって何が利益になるかを考えて判断するべきであり、状況によると答えられた。ジャータカ物語(本生譚)に、仏陀の前世の一人であった菩薩が、船長だった時の話があると例に挙げられた。船長は、船上の499人の乗客を殺害する計画を企てていた男を殺そうと決めた。そうすることによって大勢の命を救ったと同時に、その男が悪い業(カルマ)を作るのを未然に防いだのである。
最後にブリヤート人の女性が、年内にモンゴルを訪問される予定はおありになるか、と尋ねた。法王は、カーラチャクラ灌頂の日程が予定より延期されており、科学者との会議などもあるため、訪問予定はあると答えられた。この二日間行われたような科学者との対話関連のイベントは人々の関心が高く、来年も実施する方向であることを明かされた。ラトビアの議員たちも関心を寄せており、その方向で概ね合意しているようである。
テロ・リンポチェはこのイベントに尽力された人々、支援者たち、関係者、ボランティア、そして法王への感謝の意を述べられた。イベントの最後には、ロシア人歌手のボリス・グレベンシュチコフ氏がすばらしい歌声を披露し、法王は熱気冷めやらぬ会場を後にされた。
明日、法王はノルウェーのオスロへ向かわれ、ノーベル平和賞受賞者たちとの円卓会議に参加される。