大阪
ダライ・ラマ法王の大阪での一日は、学校法人清風学園へのご訪問から始まった。学園の中学校、高等学校の生徒たち2000人以上が校庭で法王のご到着を拍手で迎えた。法王がステージに上がられると、生徒たちは『般若心経』を元気に唱和し、それから法王がお話を始められた。
|
清風学園で生徒たちに法話をされるダライ・ラマ法王。2014年4月9日、大阪(撮影:チベットハウス・ジャパン)
|
「古くからの友人である平岡さん、職員の方々、生徒の皆さんにご挨拶を申し上げます。再びここに来ることができて、皆さんが唱える『般若心経』を聞き、とても嬉しく思います。私も毎日『般若心経』を唱えて、空の意味を考えていますが、『般若心経』では有名な「甚深四句の法門」によって空を説明しています。「色は空であり、空は色である。空は色とは別のものではなく、色もまた空と別のものではない(色不異空 空不異色 色即是空 空即是色)」これはただの問答でしょうか? いいえ、これは私たちの日常に関わることなのです。」
法王は、私たちの心の中に生じる考えには、心の平和を支える働きをするものもあれば、心をかき乱すものもあると述べられた。かき乱された感情が苦しみの原因になるのだ。この感情が、すべての現象の現れかたを決める。空について考えると、すべてのものは見えている現われの通りには存在していないことが理解できる。法王が対話されたアメリカの精神科医アーロン・ベック氏によれば、ある対象物に対して怒りや執着が生じたとき、その対象物が100%悪いもの、あるいは100%魅力的なものに見えているが、実際には、その対象物に対する怒りや執着の90%は自分自身の心の反映に過ぎないという。人間はものごとを誇張する傾向がある。しかし、すべてのものはそのように誇張されてとらえられているため、あるがままの姿ではなく、実体のないものなのだ。
「私たち人間の特徴は、その知性にあります。皆さんが学校に通うように、人間は学ぶことで智慧を蓄えます。皆さんは21世紀の人間であり、仏教徒ですから、21世紀の仏教徒にならなければなりません。それは、仏教の教えをよく理解した上で信心をするということです。仏陀は弟子たちに、自分の教えをよく分析して吟味するよう言われました。主要な宗教はすべて、愛と慈悲の教えを説いていますが、仏教はそれだけでなく、無知を克服するための智慧について説いています。」
|
ダライ・ラマ法王の法話を聞く清風学園の2000人以上の生徒たち。2014年4月9日、大阪(撮影:チベットハウス・ジャパン)
|
法王は、ご自身はすでに過ぎ去った20世紀の人間であり、21世紀の人間である若い生徒たちは未来を形作ることができる、と述べられた。20世紀は暴力に損なわれた時代になってしまったが、これからの21世紀は努力次第で平和を築くことができる。
「人間は社会生活を営んで生きていく動物です。ですから、自分のことだけを考えていれば最後には敗者になってしまいます。他人を疑い、不安にもなりますし、他者との信頼関係がなければ心は安らぐことができません。科学者たちは、常に疑いや恐れ、怒りの感情を持っていると、からだの健康もそこなってしまうことを証明しています。」
現代の教育は、内面的な発達よりも物質的な発達に注目する傾向があり、心の平和について考える余地があまりない。法王は、からだの健康のために衛生管理をするように、感情をいかにコントロールするかを学ぶための精神的な衛生管理が必要であり、それを現代教育を通して教えていくべきだ、と述べられた。
生徒からの質問の中で戦争について尋ねられ、法王は、戦争とは問題に無関心な態度を取り、暴力や武器に解決をゆだねた結果として生じるものであり、今私たちに必要なのは対話と歩み寄りの精神である、と答えられた。
|
清風学園でダライ・ラマ法王に質問をする生徒。2014年4月9日、大阪(撮影:チベットハウス・ジャパン)
|
別の質問に対する回答の中で、法王はご自身のことを、「菩提心を起こし、空について学ぶナーランダー僧院の伝統を守る仏教の一僧侶である」と明言された。命とは何かと尋ねられ、法王は、からだと意識に依存関係がある限り命があること、人間の命の意味については、人間は知性とともに言語を持っていること、無知は苦しみの源であり、祈りによってではなく、智慧を育むことで滅することができる、と答えられた。法王ご自身の幸せの鍵は、睡眠を十分にとり、朝食と昼食をきちんととり、ゆったりとした平穏な心を維持することだと話された。
チベット人がなぜ問題に直面しているのかという質問に対し、法王は、仏教徒の立場から言えば、その答えの一部は過去に積んだ悪い業(カルマ)によるものであり、もう一つの原因は、世界の動向に注意して、自分たちの知性を使うべき時にそうしなかったことだと話された。日本も同じように、諸外国と強い経済的なつながりがあるにもかかわらず、内向型思考の傾向がある。それを解決するためにも、日本人は国際関係の強化を目指して英語を学ぶべきであり、来日する度にいつもこの提案をしていると述べられた。
|
妙道会の在家信者施設で祈りを捧げる儀式を行われるダライ・ラマ法王。2014年4月9日、大阪(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁)
|
次に訪問された妙道会の在家信者施設では、法王は祈りを捧げる短い儀式を行われた後、集まった信者たちにお話しをされた。
「私たちは皆同じ釈尊の弟子です。皆さんが読経している『般若心経』には、『ガテー・ガテー・パ-ラガテー・パーラサムガテー・ボーディ・スヴァ-ハー』という真言があります。これは、悟りに至るための五つの修行の道をどのように進んでいくべきかが説かれているのです。皆さんがいつもご支援くださっている密教学堂(ギュメ)は、約600年にわたって顕教(スートラ)と密教(タントラ)の両方の教えを守ってきました。心よりお礼申し上げます。
私は先ほど訪問した清風学園の生徒たちに、人間だけが持っている特徴のひとつに笑顔がある、とお話ししました。このように歯を見せて笑うととても魅力的です。もしトラが歯を見せたら誰もが怯えますけれど。(笑)」
聴衆の質問の中で、真の存在の意味を訪ねられ、法王はこう答えられた。
|
ダライ・ラマ法王と妙道会の会員たち。2014年4月9日、大阪(撮影:チベットハウス・ジャパン)
|
「あなたは私を見ると、ダライ・ラマが見えるでしょう。ダライ・ラマのからだが見え、声が聞こえるので、実体を持ってダライ・ラマがここに存在しているように見える。しかしあなたが見るもの、聞くものを、ナーガールジュナの教えどおりに注意深く観察してみてください。『如来は五蘊(からだと心の集まり)そのものではなく、五蘊と異なるものでもない。五蘊のうちに如来が存在するのではなく、如来が五蘊を有しているのではないので、実体がないものである』といわれているように、『これがダライ・ラマだ』と捉えることのできる実体はどこにも存在していないのです。」
また続けて、すべてのものは自性を欠いている、つまり実体がない、と考えることで、私たちが対象物を見るときに心が妄想する誇張を和らげることができるのであり、それが仏陀の教えの本質である、と語られた。
法王は平岡英信氏の自宅で昼食の接待を受けられた。日本庭園を眺められる畳と障子の純和風の邸宅では、時が止まったようだった。
その午後、法王は曹洞宗臨南寺を訪問され、歓迎を受けられた。法王も法話の冒頭で、地元の方々にお会いできて嬉しいと述べられた。
|
臨南寺到着後、祈りを捧げられるダライ・ラマ法王。2014年4月9日、大阪(撮影:ジェレミー・ラッセル、法王庁)
|
「私はもうじき79歳になります。16歳の時、困難な状況下でチベットの責任を負い、自由を失いました。24歳の時には祖国を失って、難民になりました。様々な困難に直面しましたが、チベットにはこんな言葉があります。『幸せを感じる場所を自宅と呼べばよい。親切にしてくれる人を親と思えばよい。』 私は国を失いましたが、これまで幸せだと思ってきましたし、大きな観点から見れば、世界の中に居場所があります。有意義な人生とは、金銭や財物を得ることではありません。できる限り人のためになる人生を送ることです。」
「自分のことだけを考えれば不安、疑い、恐れに支配され、自分と他人との間に距離を作ってしまいます。他人のことを考え、他人のために尽くせばそれだけ心が軽くなり、慈悲心を持てばそれだけ健康になります。私は難民になってから55年間、指導者から物乞いまで様々な人に会いました。その誰もが同じ人間で、誰もが苦しみを望まず、幸せを望んでいます。もちろん国や言語、信仰という違いがありますが、それらは全てささいなことです。そんなことに気を取られて違いばかりを見ていると、『私たち』『彼ら』という区別をしてしまいます。もしこの世界で生きている70億の人間が、自分たちはみな同じ人間家族であると考えれば、誰かを仲間に入れて誰かを排除するなど、全く意味がないとわかります。」
消息を絶ったマレーシア航空機の生存者がもし誰かに会ったなら、相手がどこの誰かなど全く気にかけず、ただ誰か人に会えたことを心から喜ぶことでしょう、と法王は話された。
|
臨南寺で法話をされるダライ・ラマ法王。2014年4月9日、大阪(撮影:チベットハウス・ジャパン)
|
また法王は、現代科学と仏教の心の科学との30年余りに及ぶ対話が実を結んでいることを話された。私たちは自分の心を訓練することで、心をよりよく変えていくことができるが、それは心そのものを用いて実践するべきことであり、この実践は、多くの現代科学者の関心を集めている。
聴衆からの質問の中に、映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』に関するものがあった。ハインリヒ・ハラ-が法王に、「チベットで過ごした時間は思いやりのあるチベット文化のおかげで自分の生涯で最も幸せな時間だった」と話していたことを語られた。別の質問者からは、祖父母や親族が臨南寺に埋葬されているので祈りを捧げてほしいという要望があった。法王は、仏教では意識には始まりも終わりもないことから輪廻転生を説いている、と答えられた。さらに、亡くなった人とカルマのつながりのある人が祈るのが最善であると述べられた。
最後に法王は、人間はみな、究極的には同じ一つの人間家族であると繰り返された。仏教の教えでは、全ての有情は仏陀となれる種(仏性)を持っている。誤った認識や負の感情は一時的な汚れであり、心の本質ではないので、その汚れを滅するための正しい対策を講じれば、心の汚れは滅することができるのだと、最も大切なことを強く語られた。
明日午前中の行事の後、法王は京都に移動される。