東京
ダライ・ラマ法王が6日朝、成田国際空港に到着された。ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のラクパ・ツォコ代表や社会法人大阪青年会議所(JCI )役員らが、チベットの伝統的習慣に基づいて、カターと呼ばれる絹のスカーフを捧げて法王を歓迎した。
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日本ご到着後に支援者の人々との記念撮影に応じられるダライ・ラマ法王。2010年11月6日、(撮影:ガワン・トメ) |
今回の来日は社会法人大阪青年会議所(JCI )の招聘で実現したもので、JCIは5000人を招待してイベントを企画している。さらに法王は広島市で開催される第11回ノーベル平和賞受賞者世界サミットにも出席される予定である。
大阪に向われる前に簡単な記者会見が開かれた。学校教育でチベット語の使用を制限するという中国政府の方針に反発した学生が、チベットでデモを起こしていることに関して意見を求められた法王は、まず、チベット語がサンスクリットを起源に発達した豊かな言語であることを説明された。そして、「今回の抗議デモの要因は、中国当局がチベット人の学校に中国語による授業を義務づけようとしたことにあります。私たちは政治的な分離を望んでいるわけではありません。しかし、チベット語、チベット仏教哲学、チベット仏教科学、そして実践としてのチベット仏教は大変奥深いものであり、私たちはそれらを心から愛し誇りに思っているのです」と続けられた。
総選挙が行われたばかりのミャンマーの現状については、「ミャンマーは多くの立派な仏教家を生んできた素晴らしい仏教国であるが、残念ながら現在は軍事政権の支配下にあります。アウン・サン・スー・チーさんの解放に関しては、多くのノーベル平和賞受賞者や国連事務総長も政府に要請をしてきましたが、未だに自宅軟禁が続いています。とても悲しいことです。私自身もミャンマー軍事政権に対して、あなた方も仏教徒なのだから、仏教の教えを実践するべきだ、と訴えたこともありました」と話された。
今年、劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞したことについてもコメントが求められた。法王は、中国民主化のための劉氏の努力を常に評価してこられた。「将来的にこれは中国にとっていいことです。中国は強い国になりました。しかしもっと世界に貢献するつもりなら、自国の国民と世界の人々の信用を勝ち得なければなりません。検閲制度は社会倫理に反していますし、13億の中国国民にはすべてを知る権利があるのです。」
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大阪へ出発される前の束の間の時間、在日本のインド大使、ヘマント・クリシャン・シン閣下と会談されるダライ・ラマ法王。2010年11月6日、東京(撮影:法王庁)
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引退について尋ねられると、「ダライ・ラマに宗教的かつ政治的な支配権を与えるという4世紀に渡って守られてきた古い伝統は2001年に終わっています」と説明された。2001年、亡命チベット人社会は民主主義を導入し、政治的指導者として主席大臣(カロン・ティパ)を選出した。「ダライ・ラマが必要か否かはチベットの人民が決定することです。しかし、この歳になったら私にも引退する権利があるのではないでしょうか?」とおっしゃって法王は少しお笑いになった。
その日の夕方、法王と随行員一行は大阪市に入った。大阪を皮切りに7日から9日間の日程で奈良市、新居浜市、広島市を訪問される予定である。