四国
秋晴れの朝、ダライ・ラマ法王は、深い山々や渓谷を車で移動されて、愛媛県の道後温泉ふなやに到着された。383年の歴史のあるふなやは、歴代の天皇家をお迎えしてきた宿として知られている。
法王は、到着後すぐに地元の報道関係者を前に記者会見を行なわれた。「四国の豊かな自然や風情ある数々の建物、昔ながらの農地を車中から眺めながらの旅は、じつに気持ちのよい旅でした」と記者団に述べられた。
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愛媛県武道館に集まった5,300名の聴衆に挨拶されるダライ・ラマ法王。2009年11月3日、愛媛県松山市(撮影:チベットハウス・ジャパン) |
50年間の亡命生活についての質問に、法王は、悲しみを糧に、よい結果へと転換していく機会となったことを強調され、その例として、亡命生活を送るチベット人の教育水準が、チベット本土のチベット人よりも高い点を挙げられた。
また法王は、互いに自己紹介をするときに、共通点を述べ合うのではなく、“私は仏教徒です”“私はキリスト教徒です“私は無神論者です”というように、二次的な違いを述べてしまうことが多いことを指摘され、次のように述べられた。
「他者の権利、他者の意見をもっと尊重する必要があると思います。私は仏教徒です、私はキリスト教徒です、というように二次的な特徴を過度に強調すると、“私たち”“あの人たち”という区別に基づいて他の人たちとの間に距離感が生まれてしまいます。“あの人たち”は”私たち”とは違う、という感情が生まれてしまうと、いじめたい、攻撃したい、という誘惑に駆られやすくなります。こんにち、私たちは経済的にも環境的にも、世界中の人々にとって共通の利益を求め、共通の目的に向かって取り組まねばならない状況にあります。“私たち”と言うときには、世界中の人々のことをすべて含めていなければなりません。」
記者会見の会場を出られた法王は、松山市の中村時広市長の出迎えを受けられた。中村市長は挨拶の中で、「法王様の長年の苦しみが、最終的によい結果を生みだすものとなることを願っています」と伝えた。
ダライ・ラマ法王は、高野山真言宗管長・総本山金剛峯寺座主である松長有慶猊下と、四国地区仏教会連合の招聘メンバーと共に昼食をとられた後、松山市の愛媛県武道館に向かわれた。平成15年に建造された愛媛県武道館は、黒色と金色を基調にした巨大な木組みが美しい日本でも屈指の武道館である。古来の叡智と最先端技術が融合された設計は、21世紀を象徴している。
アリーナ席の天井の垂木には、先端技術が施されていた。法王が、満場の聴衆に向けて、「自分を幸せにする生き方」と題して講演を始められると、聴衆はステージの両側に設置された高解像度スクリーンに目をやりながら、法王の話に耳を傾けた。
「スーパーマーケットへ行って、『幸せと心の平和を売っていませんか?』と訊ねてみてください。『売っていません』と笑われてしまいますね。大きな病院へ行って、『心が穏やかでいられるように注射を打ってください』とお願いしても、一時的には穏やかでいられるかもしれませんが、根本的な原因を治すことはできません。私たちは、他者を思いやる心を培うことによって、自身の心をよりよいものへと転換していかねばなりません。幸せや心の平和とは、そのようにして得られるものです。」
また法王は、温かい心を本当に育みたいならば、広い視野で物事を見て、全体的(ホリスティック)に考えなければならない、と強調された。
法王が話を終えられると、質問のマイクを求めて大勢の聴衆が跳ねるように席を立ち、長蛇の列を作った。質問は、子供の問題や自己嫌悪に悩む苦しい胸の内の吐露など個人的なものが多かったが、法王は、ひとつひとつ丁寧に、直接的かつ実際的に医師のように答えられた。自己という狭い枠組みの外に目を向けて、広い視野で考えることが大切である、として、法王は次のように説かれた。
「愛は、行動によって表現できるものであり、言葉で与えることはできません。愛とは、私たちが生きていくために必要なものなのです。愛情のこもった行動を示すことで、愛情を表現し、相手に伝えることができるのです。」