東京 両国国技館
ダライ・ラマ法王の日本ご滞在2日目の11月1日午前中は、謁見とインタビューから始まった。20名ほどの中国人仏教徒、韓国人の家族、日本人代表者、そして日本テレビのチームが続いた。
|
4人の日本人科学者との討論会に臨まれるダライ・ラマ法王。2009年11月2日、東京、両国国技館(撮影:チベットハウス・ジャパン) |
法王は仏教の信者たちとの謁見で、次のように語られた。「昔の仏教徒であればただ信仰心を持ってさえいればよかったかもしれません。しかし今は21世紀であり、膨大な量の物資と近代化に特徴づけられる時代です。私たちは伝統的な教えや価値観を守りつつも、現代の世の中にも通用する知識を持っていなければなりません。瞑想はもちろん大変重要です。しかし瞑想を実践する以前にその目的や方法について学ぶ必要があります。神を崇める宗教であれば、すべては創造主としての神がお造りになったわけですから、神を信ずるのが道理にかなっていると言えるでしょう。しかし、仏教では創造主の存在を受け入れていません。仏教における創造主とは誰でしょう?それは自分自身なのです。」
法王はテレビ関係者を前に、ご自身が、2008年のオリンピック開催地が決定する以前から北京オリンピックの開催を応援していたことを話され、さらに、意義のある自治についてのご自身のお考えを概説された。
「私たちが心配しているのはチベット内部のことです。不安と恐怖が溢れていて、まるで恐怖政治が行われているかのようです。とても悲しいことです。チベットは遅れた国であり、私たちはチベットが近代化されることを望んでいます。私たちは私たち自身のために、中華人民共和国の一部でありたいのです。同時に、チベットには特有の文化、言語、文字そして豊かな仏教の伝統があり、チベット人は中国人よりもこの文化のことをよく理解しているので、私たちの環境や言語、文化といったものは私たち自身が守り、維持していくのが一番いいと思っています。」
世界の状況についてアドバイスを求められると、次のように述べられた。「もっと楽観的になるべきです。概して世界はより健やかに、よりよい場所になってきているのですから。武器が戦争や暴力を起こすのではありません。それはここ(ご自身の頭を指差して)から来るのであり、そして(ご自身の胸を指されて)ここからです。ですから平和もまた、(再び頭を指さされて)ここから来るはずだといえます。」
日本で鬱病を患う人が増え、自殺者が増加していることについては、「日本の、特に若い人たちによく言うことですが、日本を離れてアジアやアフリカ、南米の国々を訪ね、教育や科学技術など自分たちの持っている知識や技術を活かして第三国の人たちに支援や貢献をする努力をしてみてください。そうすればもっと自分に自信がわいてくるでしょう。自分にもこんなことができるのだ、と思えるはずです。すると、自分を役立たずだと思ったり、落ち込んだりする気持ちもなくなっていくでしょう」と助言された。
|
4人の日本人科学者たちとの討論会の最後に感謝を込めて儀式用の絹のスカーフを贈られるダライ・ラマ法王。2009年11月2日、東京、両国国技館(撮影:チベットハウス・ジャパン)
|
この日のハイライトは午後の討論会だった。ホテルで昼食をとられた法王は、日本人科学者4人との討論「『地球の未来』への対話」のために両国国技館へと向かわれた。
パネリストの日本人科学者は、清水博氏(東京大学名誉教授/NPO法人「場の研究所」所長/薬学博士 )、田坂広志氏(多摩大学大学院教授/シンクタンク・ソフィアバンク代表/社会起業家フォーラム代表)、竹村 真一氏(文化人類学者/京都造形芸術大学教授/Earth Literacy Program代表)、星野克美氏(多摩大学大学院教授/日本技術者連盟会長/グローバル・マネジメント・アカデミー会長)の4名であり、尾中謙文氏(青山プランニングアーツ代表/認知科学者)が司会進行役を務めた。
討論会の冒頭で法王がおっしゃった通り、日本でこのような機会が持たれるのは2度目のことで、知恵と活気に溢れる意見交換が予定の時間を過ぎても続けられた。宇宙論、環境、哲学そして心理学という広範囲にわたる問題について、3時間半におよぶ意見交換が行われ、ステージの熱い熱気が会場に広がった。会場に集まった3000人の聴衆は、法王が科学者たちの言葉に熱心に耳を傾けられ、彼らの考えをご自身のご体験に照らしあわせながら深められるのを目の当たりにし、その様子に釘付けになっていた。
田坂宏志氏は、「今回のイベントは奇跡だ」と表現し、法王もまた、仏教と科学についての研究が日本のような仏教国で進められれば大変うれしい、と述べられた。
「西洋で科学について仏教徒としての視点を述べようとすると、私が仏教を説いているのではないかと思われる可能性もあります。それでは困るのです。しかし日本ではそのような心配はありません。日本では、仏教と科学は生まれつきの仲間のように長い間共存してきたからです。」
登壇した科学者はそれぞれ、およそ30分にわたって法王と意見交換をした。法王はそれぞれの発言に対して、ただ同意をするのではなく、互いに学びあえるよう、科学者の意見をどのようにふくらませられるかをさぐりながら丁寧に応答された。
「今日本が重視すべきなのは内面における精神的な価値に目を向けることであり、環境への配慮をすることです。私たちは誰もが自然界の一部であり、相互依存という考え方をすれば、自然界と私たちは一方が健全であれば他方もまた健全である、ということになるのです」と法王は指摘された。そして熱意をもって次のように語られた。
「地球というこの青い惑星だけが私たちの棲み家なのです。私たち人間は知性を身につけた唯一の生きものですが、最も有害な生きものでもあります。最近の環境問題は私たち人間が作り出したものなのですから、私たちにはそれらの問題を解決する能力も備わっているはずなのです。」
法王は、人々が宗教よりも渇望し、必要としているのは充足感であると指摘された。ストレスから解放されたシンプルな日常こそ、人々がのどから手が出るほど欲しているものなのだ、と言われた。そして現代科学がより多くの時間を、物質世界にではなく精神世界の研究に費やすようになってきていることは非常に喜ばしいことだと述べられた。
「宇宙空間は無限です。それに比べて私たちの頭はたいそう小さく見えます。しかし内なる世界にはまだまだ未知の部分がたくさんあるのです。」あるヨーロッパの神経科学者が法王に、「脳には脳の全ての機能を一手に司るような中枢部分が存在しない」と説明したところ、それは仏教の「無我」という概念とよく似た部分があるように感じる、と法王は付け加えられた。
討論も終わりに近づき、知的好奇心はますます高まっていった。最高の大学で非公開のハイレベルな討論に参加しているような雰囲気であった。法王は未来に希望があることを裏付ける理由を次々に挙げられ、自然を意識し、問題解決の方法としての戦争を疑問視するようになったという点において、人類は20世紀初頭に較べてはるかに進歩している、と述べられた。「私は基本的に、未来は明るいと大いに期待しているのです。」
「仏陀は存在するのかどうか、神は存在するのかどうか、そのようなことにとらわれるよりも、幸せな生活を送り、幸せな社会を作っていくことを心がけてください。きっとそれは実現できるはずです!」と法王は若い世代の人々に語りかけられた。