[インタビューの第一部はこちらから]
NDTV:私たちはダライ・ラマ法王の75歳の誕生日にちなみ、ダラムサラにある法王公邸で対話をさせていただいています。ですから私たちにとっても、冗談が言える数少ない聖者のひとりであるダライ・ラマ法王を知り、信仰し、敬い、友情を築いたすべての人々にとっても、とても特別の機会です。そのすべての人々の声を今日、聞きます。デリーからはインドで最も著名な写真家で、あなたを追って長年間撮ってきたラグ・ライ氏からの特別な伝言があります。
ラグ・ライ氏のメッセージ:猊下、75歳のお誕生日に、これからも幸福な数多くの誕生日を迎えられ、これまで同様、ヒマラヤのようにハンサムで強くあられますようにお祈り申し上げます。猊下、ご存知のように私たちはみなあなたを愛しており、私個人も深くあなたを愛しています。それは毎回、あなたが私の気分を高めてくれるからです。あなたの醸し出すエネルギーで私の心もからだも魂も豊かに若返ります。あなたは極めて精神性が高く進化した人物です。私の質問は次のようなものです。「私たちのために、どうか至高なエネルギーとつながり、いつ私たちがチベットに戻れるのか、分かるようにしてください。そうしたら、あなたと共ににあなたの国、チベットに戻り、あなたの写真をたくさん撮ります。私の最善の祝福と親愛を込めて。
NDTV:ラグ氏は誰もが聞きたがっている質問をしたと思います。法王様が現実主義者でいらっしゃるのでお聞きするのですが、「法王様は本当に心の底から、生きているうちにラサに戻れると思いますか?」
ダライ・ラマ法王:ええ、もちろんです。
NDTV:まだそう信じていらっしゃるですか?
ダライ・ラマ法王:はい。まず、チベット人の精神はチベットの中にあり、多くの変化や新たな開発、様々な事柄に関する洗脳や拷問があっても、チベットの精神は決して変わりません。それは永遠にとても堅固だからです。ある情報によれば、2億人以上の仏教徒が中国にいて、なかには公的には「共産主義者で無神論者だが心の中では仏教徒」である多くの党員や役人もいるそうです。そして、よく見てみれば、過去4つの時代に多くの変化がありました。1党制、同じ制度で同じ党ですが、彼らに現実に即して動く能力があるのか...。今までのところ、彼らの政策は非現実的でした。遅かれ早かれ、彼らはその政策が非現実的で常に反生産的だと気づかないわけにはいかないでしょう。
NDTV:法王様は聖なる指導者、精神的指導者でありながら、その心は人間でもあるわけですが、法王様やチベット人にとって、チベットへの帰還という問題に関しては、時はすでにあなたの味方ではない、と感じることはないのでしょうか?時間が足りないと。
ダライ・ラマ法王:ええ、勿論です。51年が過ぎましたが、先にお伝えしたように、過去60年間、または60年以上の間に変化が起きています。中国ではまだ急激な変化は続いており、現在の状況は永遠には続きません。変化は起こると私たちは信じなければなりません。あなたは、ではどれほど早く、と尋ねますが、それは疑問で、答えは誰にも分かりません。
NDTV:法王様が生きていらっしゃる間にですか?
ダライ・ラマ法王:それは、今後5年、10年、または私が思うに15年で、事態は絶対に変わります。
NDTV:法王様はかつて、引退も人権だ、と冗談でおっしゃいましたね?
ダライ・ラマ法王:はい、2001年から、ここでの政治上の指導者の選挙を達成できてから、私の地位は隠居と同じで、私はいまは、完全な引退を楽しみにしています。
NDTV:法王様が引退されても、チベットの運動は変わらないと思われますか?チベットの多くの人々や若者の中には、北京の冷たく感情のない政府を動かせなかったから法王様の非暴力のメッセージは効果がなかった、と感じている人もいますが。ですから、今日のそうした若者の一部は、より攻撃的なアプローチを語っているのをご承知いらっしゃいますか。法王様の後に、そうした動きが起こることを心配されていますか?
ダライ・ラマ法王:いいえ。今までチベットのなかでも外でも、想像するに95%、99%といえるかもしれない人々は非暴力の道を堅く守っています。そうでない人々も少しいますから、逆の可能性もあるでしょう。新しい団体のいくつかは完全な解放、完全な独立を望んでおり、そこに違いがあります。私たちのコミュニティでもどこかで議論が行われています。私たちは民主主義の原則に完全に従っていますし、チベットの問題はチベット人の問題ですから、実際、私たちの側から質問もします。結局はチベットの人々次第なのです。ですから、時々、私たちは民衆に尋ねます。
NDTV:では、チベットの人々が完全な独立またはより強硬なアプローチを望むなら、法王様はそれを思い留まらせようとはしない、と仰っているのですか?
ダライ・ラマ法王:いま申し上げたように、ほぼ99%は非暴力的な方法に完全に徹しています。そうでない人も少数はいるかもしれません。しかし、独立に関する考えには違いがあり、その数は増えています。チベット内での失敗があるので、説明が難しいこともありますね。...2008年11月にここで大きな会議があり、私は人々に尋ねました。独立を求める強い声と私への批判がありましたが、最終的に私達は合意に至り、中道路線が支持されました。ですから、両者ともこのように続いています。
NDTV:では過半数の意見が変わったら、法王様も喜んで立場を変えられるのでしょうか?
ダライ・ラマ法王:そうしなければなりません。
NDTV:では、過半数がもっと自治権の拡大を、と言ったら?
ダライ・ラマ法王:私は専制君主ではありません。論理的には私たちはこうした専制君主の政策を批判しており、それを批判する人が専制君主になれるでしょうか?
NDTV:では、なぜ法王様は引退されたいのですか? この運動は法王様なしではどうなるのでしょうか?
ダライ・ラマ法王:年齢です...。チベットは民主主義の国のようでなければなりません。ひとりの個人だけではなく、人々が責任を引き継いでいくべきです。ですから、私はいま75歳で、引退の時だと考え、それを楽しみにしているのです。
NDTV:それはまじめにですか、それとも冗談でしょうか?
ダライ・ラマ法王:私はまじめですよ。私に3つの使命があるのは御存知でしょう。
一つ目の使命は、信徒であろうとなかろうと、その人が持つ人としての価値を高める手助けをすることです。私は世界各地から招待を受けますが、彼らはダライ・ラマとしてではなく、ダライ・ラマが考えていることが極めて現実的またはふさわしいからという理由で私を招待します。ですから、これが私の一番の使命というわけです。
二つ目は異なる宗教間の調和の促進です。この二つを私はいつも古代インドの考え方だ、と言います。ですから、私は自分を古代インドの考え方の伝え手だと表現します。どこに行っても、私はこの二つを宣伝します。この二つは私にとって死ぬまでの責務です。
三つめはチベット問題で、私が完全に引退するときには、もったくさんのエネルギーを、ふたつの責務に注げるでしょう。
NDTV:その引退の時は決めていらっしゃるのですか?
ダライ・ラマ法王:いいえ。本当に困難なことに、人々が極めて感情的で、私に多くを期待し過ぎているのです。
NDTV:人々が法王様を引退させてくれないのですか?
ダライ・ラマ法王:それは難しいかもしれませんが、でも、結局のところは私は人間で、自分の人生に尽くす権利もあるのです。
NDTV:まあ、引退は法王様の人生の権利ですが、それが実現するとは思えません。これだけたくさんの人々がいますから、質問を聞き始めましょう。では、キャサリン・レヴィンさん。
キャサリン:私はカナダ出身で、心の哲学を勉強したので、法王様の演説には非常に関心があり、ここで今日、おそばにいられたことをとても光栄に思います。そして、お誕生日おめでとうございます。チベットの未来に希望がある、と示唆されていらっしゃいましたね?法王様にとって、希望のいちばんの要因は何ですか?
ダライ・ラマ法王:真実、正直、透明性。私たちにここでの声はとても小さく、とてもひ弱ですが、人々は信頼してくれます。ですから、真実、正直、透明性が私たちの希望の源で、私たちの強さの源です。私は神の力とお金の力、真実の力について語っているBBCの番組を聞きました、いまこれらが重要です。人々はいつも単に銃の力があると考えますね。銃の持つ巨大な力は多くの困難を引き寄せる一方で経済的な力をもあわせ持ちますが、こうして得た経済力は嘘や虚偽、不透明さで満ちているように私は思います。私たちが信じる真実の力というものは信頼と自信をもたらします。そして、透明性は信頼をもたらし、信頼は友情をもたらしてくれるのです。
NDTV:この長い間、法王様は一度も希望を失われたことはないのでしょうか?一瞬自信を失ったり、何十年も何十年も経ったけれど私は何も変えられなかった、と思った瞬間も、希望を失った瞬間もあられなかったのですか?
ダライ・ラマ法王:もちろん時には私も失望することはあります。けれど既に申し上げたように、基本的に真実が大切で、私は正直です。私や私の側近、チベットの人々が各国の要人と会う時には、私たちは完璧に正直で、真実に満ち、透明なのです。ですから、いつも私たちの方は彼らと話しやすいのですが、彼らの方は話しづらいかもしれませんね。
NDTV:それは面白い見方ですが、私たちの多くは、法王様がどこにそれだけの楽観主義を維持していらっしゃるのかに感心します。次の質問はジェレミ—・ラッセルさんからです。
ジェレミー:法王様が中国共産党が力を失うだろうと述べられたのを聞きましたが、今でもそう感じていらっしゃいますか。中国の共産主義者の変化は少しずつ起こると思っていらっしゃいますか?それとも急激にと思っていらっしゃいますか?
ダライ・ラマ法王:最近何回か私は、半分冗談で半分まじめに、共産党は多くの議論を触発してくれる、と言いました。特に真の革命が起き、進んでいた初期には、彼らは完全に責務に尽くす人々でした。私が1954年から1955年にかけて中国を訪問した時には、毛主席やすべての首脳陣、また異なる郡からのトップのリーダーたちにも、もちろん何度か会いました。こうした人々は、民衆の幸福に専心していました。ですから、このマルクス主義の政党への私の印象は良いのです。私は「共産党に参加したい」と申し出ましたが、彼らはだめだ、と言いました。彼らさえも、自分たちの共産党が参加しない方が良いほどの状態になってしまうことを知っていたのかもしれません。当時は本当に素晴らしい政党で、本当に労働者階級の政党、人民の政党でした。ですから、知的な人々だけでなく、普通の人々もいたのだと思います。論理的には、今が慎ましく引退すべき時だと思いますが、中国で民主主義がすぐにスタートしなければらない、ということには少し躊躇があります。13億人の人々がいる中国は民主主義を一度も経験したことがなく、多くの人々は教育を受けていません。ですから、なんらかの中央集権化した権威が存在すべきなのです。それゆえ躊躇するのです。共産党のリーダーシップのもとでは、おだやかな変化が望ましいのです。
今すぐ必要なのは透明性と、情報の自由ですね。13億人の人々は現実を知る権利があります。それがないのは不道徳です。彼らには自由な情報が必要ですし、13億人の中国人は善悪を見分ける能力が必要です。ですから、このプロパガンダと情報の歪曲は全く予期せぬものでした。戦争中か内戦中にはいくらかの検閲もあるかもしれませんが、それだけです。自由な国では、戦争中や緊急時には、それもありえますが、平和な時代には、これは全く受け入れられないものです。そして独立した司法制度もとてもとても重要です。インドをご覧ください。私は中国人の友人に、インドを見るべきだ、と提案します。インド北部、インド南部、インド西部、そしてインド東部。異なる言語、経典も文化の違いもありますが、分離はしていません。彼らには独自の言語と経典、独自のアイデンティティがありますが、誰もが統一を保っています。カシミヤではちょっと問題がありますが、それは主にはパキスタンとの問題です。ですから中国はこうしたことを学ぶべきなのです。インドには情報の自由、透明性、独立した司法制度という利点があります。中国は透明性、情報の自由をスタートさせ、最終的には独立した司法制度もつくるべきだと思います。これが非常に必要ですが、党の力は少しずつ変化するでしょう。
NDTV:法王様は今でもご自身がマルクス主義者だとお考えですか?
ダライ・ラマ法王:はい。社会経済の理論に関する限り、私はマルクス主義者です。
それはあなたに中国共産党への大望を抱かせるかもしれませんね。残念ながら、いまでは中国共産党はもはや共産党ではありません。私にはノーベル賞受賞者で尊敬すべき友人がいますが、彼は長年、社会主義国の中華人民共和国を支持してきました。2年ほど前に会った時に、私は彼に、「中国人は本当に社会主義者なのですか?」と聞きました。彼は「いいえ。もはや社会主義者ではなく資本主義者で独裁主義者です」と言いました。
NDTV:それは有効な組み合わせですね。さて、次は法王様の旧友のひとりであるシャルマ教授に伺いましょう。教授は法王様をよくご存知ですから、何か私たちの誰も知らないことを教えてくださいませんか?
シャルマ教授:それはとても難しい質問です。
NDTV:それは私たちみんながあなたほど彼を知らないからですか?
シャルマ教授:私はとても貴重な時を法王様と過ごしました。最も記憶に残っているのは、友人が電話をかけてきて、とても良くないニュースがある、そのニュースとは法王様がダラムサラを離れることだ、と言った時です。1989年のことでした。詳細は触れませんが、何かが起こったのです。それは夜9時半のことで、私は翌朝に出かけ、午後には猊下のオフィスに着きましたが、数百人の外国人の報道陣がおり、法王様は非常に多忙なため誰も謁見できない、と言われました。私はダライ・ラマ法王が会ってくれなければ夜中まで座りつづけ、この場所を離れない、という伝言を送り返しました。するとご親切にも秘書を寄越され、ジャーナリストが帰った後、5時45分に会っていただけることになりました。法王様に会いに行くと、いつものように法王様は敷居に立っておられました。部屋に入る前、その敷居で二人で待っていた時、法王様が私に仰ったことは公開しません。ただその瞬間に、私の下の地面が開き、中に入って消えられたら、と思いました。私はとてもショックを受け、いいえ、法王様、座りましょう、と言いました。それから私たちは長く話し込みました。何を話していたのかは分かりませんが、赤ちゃんのように泣き出してしまった私を法王様は抱擁してくれました。それが私の人生で最も記憶に残るできごとのひとつでした。私は過去40年にわたって、この恵みと祝福をいただいています。
NDTV:あなたが決してダラムサラを離れられないことを望みます。離れられるならその先はチベットであることを望みます。
ダライ・ラマ法王:その問題が起こったときには私はアメリカにいたのですが、誰かに聞かれたので、地元の人々が私たちにここにいて欲しくないのなら、私たちは離れなければならない、と述べたのです。それで、ここに到着したら、私の旧友たち、とくにこの人は非常に感情的になり、チベットに向けて発つ時まではどうぞここに残ってくれ、と頼んだのです。もちろん、人間社会では時には問題が起こりますが、基本的に地元の人々はみな、真の友情を、お金がらみではなく、信頼の上に築かれた友情をもってくれています。
NDTV:では、ダラムサラはお離れにならないのですね?
ダライ・ラマ法王:いいえ。
NDTV:私たちが離れさせませんよ。次はもう一人、ダラムサラからのベテラン、アジャイ・シン氏です。
アジャイ氏:今日の世界において、どこに行かれようと、法王様はチベット人のため、そして世界のため、そして仏教を信じる大勢の人々にとっての最も輝かしい人物のお一人で、希望と信頼の星であられます。法王様はとても多くの喜びと平和を拡げていますが、いま、後継者は指名されますか?
ダライ・ラマ法王:後継者とダライ・ラマ制度に関する件については、69歳の時にすでに公式発表をしました。ですから、ある時、それは起こり、ある時に、それはなくなるかもしれませんが、それは重要ではありません。しかし、チベットの精神性とチベット人の国家をめぐる苦闘はもちろん、チベット人によって引き継がれていくでしょう。先に触れたように、すでに選挙で選ばれた政治上の指導者がいます。5年ごとに選挙があるはずですから、ダライ・ラマがそこにいてもいなくても、こうした組織や指導者は継続していきます。精神世界の分野では、20歳から30歳くらいの若い世代からとても健全で若い指導者が出て来ていますから、彼らが精神性、苦闘についての責任を引き継いでくれるでしょう。しかし一方では、チベット人の中から、いわゆる後継者を選ぶことを真剣に検討した方が良いのではないか、という示唆もあります。ですから、精神的な指導者のトップで集まり、インド国内外で精神性についての議論を行いました。過去数年間は私の後継者、ダライ・ラマ制度をどう維持していくかについて討議されましたが、確固たる決定には至っていません。
NDTV:法王様はかつて、ダライ・ラマという制度は消えていくかもしれない、と述べられましたが、本当にそう信じていらっしゃるのでしょうか?
ダライ・ラマ法王:はい!ブッダご自身がそうであられたように...。ブッダという制度はありませんが、その教えはいまだに残っています。制度ではなく、です。もちろん比較はできませんが、私の考えや本は私の後にも数百年は残るでしょうが、それは制度とは無関係です。
NDTV:法王様はご自身の後にダライ・ラマが存在されなくても構わないということでしょうか?
ダライ・ラマ法王:チベット仏教には制度がとても重要だという印象を持つ人々もいますが、そうではありません。自由への苦闘に関する限り、制度は有益ですが、それも後には重要ではなくなるでしょう。
NDTV:前回お目にかかったときには、私は神人ではないと仰っていらっしゃいましたね。
ダライ・ラマ法王:はい、私はひとりの人間です。それに疑いはありません。初めてのイスラエル訪問で、イスラエルの報道陣がここに来たときに、私は言葉を間違えました。私は普通のひとりの人間です、と言うべきところを、私は完璧な人間です、というようなことを言ってしまったのです。私はただ普通のひとりの人間です、言ったつもりだったのですが。ですから、私は間違った言葉を使ったのです。テルアビブに着いたときには、少し否定的な態度の新聞もありました。ダライ・ラマは自分を完璧な人間だと思っている、が彼らは完璧は不可能と考えたのです。ですから、それから、もうひとつのポイントがありました。彼らがヒトラー、ホロコーストについて尋ねた時に、私はもちろん仏教徒ですから、ヒトラーでさえも、基本的には、とくに幼いときには、普通の、もっと慈愛に満ちた人間だったろう、と述べたのです。
NDTV:ヒトラーに慈愛を見せられたと言うことでしょうか?
ダライ・ラマ法王:もちろんです!憎しみ続けたのでは、何の役にも立ちません。ヒトラーはすでにいないのですから。
NDTV:しかし、現代版のヒトラーはいるし、現代のテロリストもいます、現代にも憎しみを表現する人たちはいます。法王様は常にもう片方の頬を向けられるのですか?もう片方の頬を向けるとはマハトマ・ガンジーやキリストが言ったことですが、もう片方の頬を向けるのは弱さだと言う人もいます。
ダライ・ラマ法王:インドが独立した時、マハトマ・ガンジーやその他の指導者は完全に非暴力、不殺生に徹していましたが、西側諸国の一部はそれを弱さの表れ、インドの弱点と見ました。しかし、最近ではそうした概念は変わりました。暴力の使用、武器の使用は弱さ、恐れの表れであり、非暴力は強さ、自信と真実の表れなのです。真実が存在しないとき、議論の理由がないときに、武器を取り上げ暴力が生まれます。夫婦の関係でさえ、何か意見の違いが起こり、それが片方の自己中心的な理由によるものなら、黙るか物理的な暴力しかなくなります。それらは弱さの兆しです。
NDTV:世界はオサマ・ビン・ラディン、タリバンなど、また殺人を犯す人々にどう対処できるのでしょうか?私たちは本当にもう片方の頬を向けられるのでしょうか?
ダライ・ラマ法王:もちろんです。仏教の師のひとりが述べられたように、基本的には、最善を、より多くの人々にとっての最善を考えなければなりません。時には厳しい言葉や物理的な行動をとることも許容されます。それが仏教的な考え方です。方法は重要ではありません。重要なのは目標と動機です。厳しい言葉や厳しい物理的行動をとるときには、その動機は憎しみであってはならず、慈愛によるものでなければなりません。もし誰かが間違った行動をとり、それがネガティブなものであれば、彼らが報いを受けます。その帰結に直面しなければならないのです。良い教師やよい両親のように、心配や慈愛から子どもや生徒の間違いを正すには、時には厳しい言葉も必要ですが、それは本質的に非暴力です。別の言い方をすれば、人を騙したり、搾取して傷つけようと、贈り物をしたり耳障りの良いことを言ったりするのは、本質的には暴力です。古代には人はもっと調和がとれていたのかもしれないと思います。暮らし方が異なり、地域社会における信頼が重要だったからです。過去2世紀の間に技術が発達し、人々の関心はそちらに集中しました。よく私は祈り、瞑想すれば、やがて来世であなたの目標は達成できるでしょう、と言いますが、祈りは現在の問題の即効の解決策にはなりません。しかし技術は即効策になり得ます。お金にも即効の有益性があります。それで人々の関心はお金と技術に集中します。それで多くの道徳的な危機が生じます。幸いなことに、いま、20世紀の後半には、裕福な家庭や大企業のリーダーといった人々の多くが精神性に価値を見いだすようになりました。時には私も演説に招かれます。科学者も同様です。前世紀、過去には、近代科学と精神性は全く別々のものでしたが、その溝は今では狭まり、今では米国では、著名な科学者たちの一部は私たちの感情、瞑想で感情を制御する方法に真剣に関心を抱いており、こうした分野でのプロジェクト、特別の研究課題を設けています。そして、いまでは誰もが道徳的原則の欠如を口にしています。人によっては、道徳的原則は宗教の信仰に基づかなければなりませんが、それではかなり限界があります。宗教が伴うのはとても良いことですが、宗教なしで、私たち自身の肉体的健康、真実性、誠実さ、透明さといった倫理の基本があれば、より自信が築けます。自信は恐れを軽減し、内なる強さをもたらすので、ストレスは減り、恐れは減り、不安は減ります。今では医学者の一部もこうしたことに気づき始めています。これは希望が持てる兆しです。
NDTV:次の質問はアルゼンチンから来ているフランシスコさんからです。
フランシスコ:私たち一家はアルゼンチン出身で、私はここで6か月間、勉強しています。アルゼンチンには長い軍部による独裁の歴史があります。法王様は暴力について語られました。私の質問ですが、中国によるチベットの軍事支配、南米中の暴力の歴史、世界中の今日のテロリズムを考えた時、軍を持つことの有益性はあるのでしょうか?
ダライ・ラマ法王:ある特定の状況における一定期間、または何らかの危機に際してはあるかもしれません。しかし、繰り返しますが、こうした軍の人々すべてに関する問題は道徳的原則の欠如です。ある期間は責任感を持てても、やがて彼らは民主主義を忘れ、権力だけを覚えています。ミャンマーや数年にわたってのパキスタンの軍の将軍のようにです。独立後のインドをご覧ください。民主主義の原則が永遠に残っています。もちろん難点もあちこちにあります。インドの精神的指導者たちにも話していたのですが、外に出る時には常にインドのメッセージの伝え手として誇りを感じますが、インドにはカースト制度や結婚持参金といった問題もあり、そうした問題を提示、対処していく必要があると私は思います。自国内でも、私は精神的指導者たちに提言したのです。例えば、最近ではリシュケシュやデリーでも何度か。しかし、基本的にインドはよく安定しています。
NDTV:では、軍は目的によっては必要だが、権力を放棄しなければならない、が、それができない・・・。
ダライ・ラマ法王:短期的な緊急時に限ってはの話です。決して永遠にということではなく...。繰り返しますが、それは道徳的原則に関連しています。
NDTV:では、学校を経営しているブブネシュ・ダビー氏です。
ブブネシュ:法王様、あなたの第一の使命は人間の価値を高めることで、非暴力も人間の価値の一部です。非暴力の教義は暴力の時代、そして武装革命至上主義の現代にどれだけ通用するのでしょうか?インドといった民主主義国家で武装革命至上主義が広まっているのは何故で、私たちはそれにどう対処すれば良いのでしょうか?
ダライ・ラマ法王:9月11日のテロのような世界レベルでの暴力については、よりホリスティックな見方が必要だと思います。当時、私は報道陣の一部に、この出来事には独自の原因と条件がある、と言いました。こうした国のなかには石油があり、それを国として関心のある人々が濫用、利用しています。ですから、究極的にはこれらは道徳的原則の問題と言えます。こうしたことに対処するには、二つのレベルを考える必要がある、と言いました、一つ目は火急の課題で、これは政治家や指導者が対処すべき問題です。二つ目としては、非暴力、不殺生を奨励する長期的な正しい教育を考えなければならないということです。さて、今日の世界の現実は、60億人の人間がひとつの世界の一部を形成するひとつの実体です。アジアの未来は西欧次第で、その逆も言えます。アフリカも同様ですね。前世紀以前とは異なり、世界全体がひとつの歯車で、未来の多くがかかっているというのが現実なので、私たちとか彼らという概念を持てば、あなたの側に破壊が待っています。あなたの敵はあなたの一部でもあり、あなたの未来は彼らにかかっているので、あなたの隣人やあなたの敵を破壊することは、あなた自身を破壊することになります。ですから、非暴力はもはや問題や衝突を意味しません。時々私は、私たち自身が問題をつくり出しているのだから、平和な世界を本当に構築したければ、人間はいなくならなければならない、と言います。私を含めて、とくに、より輝かしく、より経験がある人間の方が問題をつくります。ですから、違いはそこにあるのです。異なるアプローチはそこにありますが、いま、私たちは銃に触れず、非暴力で、問題解決の方法を探らなければなりません。対話を通してです。ネルソン・マンデラの氏のリーダーシップのもとで起きた南アフリカの独立運動をご覧ください。彼らは実際にマハトマ・ガンジーの原則を実践したのです。ですから、アフリカでは白人と黒人が比較的平和を保っています。それが現実的なアプローチです。
最近、私はパトナとオリッサで、議会議員とこの武装革命至上主義の問題について話しあい、インドの部族問題について触れました。彼は、憲法では政策は良く、これらの問題への対処としていくつかの良い点にも触れましたが、問題は、こうした政策を導入した人々がそれを真摯に実行しないことです。いくつかの武装革命至上主義者の地域や村では電気や水もなく、彼らの警察に対する態度は否定的だと私は聞きました。私は、インドの真の変革がそうした村から始まらなければならない、と強調しました。ハイデラバードやバンガロールといった少数の良い都市だけでなく、カルカッタでも良いでしょう。より平等であるべきなのです。私はデリーで指導者の一部に会ったので、どうか公式の報告書だけに頼らず、自分で現場に行き捜査してください、とお願いしました。こうした地域は放置されており、その欲求不満が怒りに、怒りが暴力に変化しているのです。
ジェシカ:オバマ政権の中国に対する政策は軟弱過ぎると思いますか?
ダライ・ラマ法王:いいえ、そうは思いません。コペンハーゲン以降、新政権はより経験を積んでいます。ですから、これは単に始まりで、今後は静観する必要があります。基本的には完全な共感と完全な支援があり、それはとても良いことです。大統領就任後の彼との会合では、とても率直な議論ができ、とても良かったと思います。
NDTV:オバマ大統領に失望はないのでしょうか?
ダライ・ラマ法王:いいえ、ありません。
NDTV:中国に寄り添い過ぎているとは思われないですか?
ダライ・ラマ法王:そうは思いません。私はオバマ大統領に会ったときに、インド首相の表現を彼に思い出させました。それは、インドは経済分野では中国に少し遅れをとっているかもしれないが、インドには民主主義、法制度、報道の自由と透明性といった基本的価値がある、といったことです。それはインドだけの価値ではなく、普遍的な価値です。ですから、G-8 、G-20といった概念はお金の価値に関連するものに過ぎない、とオバマ大統領に述べました。残念なことに、人々やメディアまでが、基本的な価値ではなく、そうした価値に注意を向けています。私は私の国と言いましたが、インドを自分の国だと思っています。私は人生の半分をここで過ごしているので、中国の政府関係者はいきり立っていますが、私の脳は100%インド人です。私にはグルもたくさんいて、私たちは師弟です。前にも申し上げましたが、そして私たちはとても信頼できる師弟なのです。ですから、オバマ大統領には、インド首相の表現はとても重要で、西欧諸国は中国に投資しているが、もし常に金、金、金と話していたら、相手は無知に基づいたプライドを感じる、と言いました。真のプライドには安定した基盤が必要です。麻薬販売人の中には間違った方法で大金を得て、プライドを感じる人もいますが、それは間違いです。お金は大事ですが、道徳倫理に基づいているべきで、そうすれば誇りを感じられるはずです。残念なことに、中国では数百万ドル単位のお金は外国、台湾や西欧、アメリカから来ます。インドからはあまりお金は来ていないと思います。このお金で彼らは中国の安価な労働力を搾取しているのです。実際、搾取は間違いですが、独立した労働組合はありません。つまり、基本的には世界にとって重要なのはいつもお金、経済や科学中心で、内なる価値ではなくなりました。ですから西側諸国ではいま危機に瀕しています。私は日本から戻ったところですが、日本では若い世代はストレスや不安過剰で孤独で、自殺率が増加していると聞きました。日本の生活水準はインドよりずっと高いけれど、日本には精神的問題がたくさんあるのです。インド国内では、シッキム出身の友人から過去10年ほどで開発はかなり進んだが、精神的な問題や麻薬の問題も増加することが多いと聞きました。つまり、物質やお金は物理的な快適は提供できるものの、精神的快適は提供できないという、明らか兆しです。宗教的信仰を伴う精神性を通してそれはもたらされますが、精神的な信仰なしでは、道徳と無宗教の規律によってもたらされます。
NDTV:法王様、ちょうどいま話題になっているお金について質問がある方がここにいます。
ウルフガング:法王様とお話しできて光栄です。私の質問はその関連です。私は最近多くの人がするように西側諸国の快適な生活を離れ、オーストラリアから職を離れインドに来ました。つまり、快適に暮らしていても何かが足りないと、私たちは感じているのです。精神的目覚めと言われるものなのかもしれません。ですから私たちは例えば、外国に来てボランティア活動をして、法王様の本を読みます。私の質問は、いつ私たちは人生が単なる物質的快適ではないと知るのか、私たちは自分の物質主義的ライフスタイルと精神的な生活を融合させようとするべきなのか、それとも物質主義的ライフスタイルを減らすか取り除いて、精神的なレベルを高めようとすべきなのか、ということです。
ダライ・ラマ法王:組み合わせ、組み合わせです。物質的価値や精神性を追い、物乞いのように生きなさい、と言うのも良くありません。もちろん、ヒマラヤに住む人々の一部や聖者はまる裸ですが、大抵の人にはそれはできませんね。そんなことをすればたちまち世界全体が飢餓で死んでしまいます。ですから物質的開発はとても必要なのですが、600万人の人間には充分ではなく、南半球、アフリカ、インド国内の多くのアジア人も経済分野でのさらなる開発を必要としています。さて、ここでマルキシズムの原則はとても重要です。億万長者になるのはごく一部で、多くの人が貧しいままです。アメリカでは大きな格差があります。ある有名な社会主義国でも、いまでは少数が億万長者になって権力を持ち、残り、とくに内陸部の人々は貧しく、大きな格差が生まれています。私たちはまだ多くの物質的開発を必要としていますが、同時に最大限の物質的開発を得られたら、すべての人間の問題はなくなる、と盲目的に信じています。これは完全な間違いで、非現実的で、近視眼的です。物質的な快適だけを考えているのです。私たちはみな、精神的に幸福でさえあれば肉体的に多少不快な場合でも大丈夫であることは経験していますが、肉体的に快適な状態にあっても精神的に不幸では決して幸福になれません。精神的な幸福は肉体的な痛みを緩和できます。ですから、心のケアを怠るべきではないのです。精神性イコール神、仏陀ではなく、それは単に精神的な落ち着きのことですから、慈愛の修行は心を落ち着けるためにとてもとても役に立ちます。
NDTV:デリーから来たもうひとつのメッセージをここでお聞かせします。ダンサーのソナル・シンさんからです。
ソナル:ダライ・ラマ法王に私の祈りと礼拝を捧げます。当時私はフロックを来た学生で、法王様はまだ16歳、インド訪問中でした。私がお写真を見せると、法王様は身体を揺らすように笑われて、私を抱擁しました。法王様に抱擁され包み込まれるだけで、ガンガーの深い水の中に入ったようでした。法王様が長きにわたり健康で実りが多く、笑いに満ちた年月を過ごされ、その間にすべての人に喜びと愛を広められますように。私の質問は、人生でそれは多くの問題に直面しながら、どうやってこられたのですか、ということです。それは素晴らしいことです。謹んで礼拝申し上げます。
NDTV:どうやってこられたのですか?
ダライ・ラマ法王:他に選択はありませんから。麻薬やアルコールに依存したら、それは自己破壊です。ですから、私たちには素晴らしい人間のマインドがあり、理屈や事実に基づいて考えられます。ですから、それを最大限に活用して、それから、現実主義者になるのです。かつて8世紀に仏教の師がこう表現されました、「問題に直面したときにはその問題を考え、その問題を克服できるなら心配はいらない。その問題を克服できる方法がないなら、それ以上煩う必要はない」、と。とても現実的なアドバイスです。
NDTV:実際、法王様の楽観主義は極めて特別です。
私からも質問があります。私は精神的指導者、聖者や神人ではなく、精神的または政治上の指導者でこれだけ多くの人々に愛されている方に会ったことはありません。どのようにして、そのことにのぼせ上がることなくいられるのですか?大半の人なら、これだけ注目されたら、傲慢になるのではないでしょうか?
ダライ・ラマ法王:ああ、分かりました。自己規律、そして毎日唱え続ける一句があります。もし誰からも愛され、誰からも賞賛されたら、自分が最低の人物だと考えなければならない、という一句です。私は常にそれを実践しています。そして、8世紀のナーランダ僧院の師のひとりは、一部の人々はあなたを賞賛しているが、一部の人々はあなたを批判もしている、それも考えなさい、と、と述べられいます。
NDTV:バランスをとるということですね。
ダライ・ラマ法王:そう、よい理解の仕方です。それが現実的です。
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