グローバルに考える:普遍的な課題

環境変化の科学的な予測を普通の人間が完全に理解するのは難しいことです。気温上昇、海面上昇、がん発生率の上昇、とてつもない人口増加、資源の枯渇や種の絶滅などについて耳にすることがあります。すべての生き物が依存する自然生態系の重要な要素の破壊が、人間の活動によって早まっています。

これらの脅威的な発展は個々でも劇的であり、同時に驚くべきものです。世界人口は今世紀だけで3倍となり、次の世紀にはその23倍になると予測されています。世界経済は510倍に成長するかもしれず、それに従ってエネルギー消費、二酸化炭素の排出や森林伐採の割合が極端に増加することになります。私たちの生涯や、私たちの子供たちの生活の中で実際に起こっていることすべてを想像するのはたやすくありません。私たちは、人類の歴史において前代未聞の世界的な苦しみと、環境の悪化がもたらす地球規模の困難を考慮しなければならないのです。

しかし、よいニュースもあり、その中で今私たちは、この地球で共に生き残るための新しい術を確実に見つけなければならないと思います。今世紀、私たちは戦争、貧困、公害や苦しみを十分目にしてきました。仏教の教えによると、そのようなことは無知や自分勝手な行動の結果引き起こされているのであり、すべての生き物に共通する基本的な関係を理解できないことが多いからなのです。見当違いな人間の行動が重大な結果を引き起こし、悪いことが起こる可能性をもたらしてしまうということを地球は我々に警告し、明らかに示しています。

こういった害を与える行動をしないようにするためには、私たちはお互いに依存しあっているという認識を高める必要があります。すべての生きものは、苦しみではなく幸せを望んでいるのですから、私たちは根本的に共通の願いを共有しています。より良い心の動機を土台にして、地球とお互いを助けるための正しい行動を起こすことができるのです。そこで、真の「普遍的な責任感」を育むことが重要であるということを私はいつもお話ししています。私たちが智慧と慈悲を心の動機として持っているならば、その行動の結果は、自分個人や今すぐ役に立つものとなるだけでなく、すべての人たちに利益をもたらすものになります。過去の無知な行動を認識して許すことができれば、現在の問題を建設的に解決する強さを得ることができるのです。

私たちはこのような考え方を、すべての環境に対して広げていくべきなのです。可能であるなら助ける、助けることができないなら少なくとも害を及ぼさない、という姿勢を基本的な原則にするとよいでしょう。多様性と独自性に満ちた生態系の複雑な相互関係については、まだ理解できないことがたくさんあるのですから、これは最適な指針になります。この地球は私たちの家であり、母でもあるのですから、地球を尊重して大切にする必要があるのです。今日、この点を理解することは難しいことではありません。

私たちは、自分自身、地球のすべての地域とそこに生存する生きものたち、そして将来の世代を大切にするための知識を必要としています。これは、環境についての教育がすべての人たちにとって非常に重要であることを意味しています。科学の知識や技術の進歩は、現代世界における生活の質を改善するために不可欠なものとなっていますが、それよりも大切なことは、私たちを取り巻く自然環境と私たち自身についてもっとよく知り、感謝するというシンプルな実践をすることなのです。他の人たちに心から感謝し、無知から生じる行動をしないようにすれば、地球を大切にすることができます。

大きな意味では、環境教育とはバランスのとれた生活を維持することを意味しています。利己的な欲望や、物質的な快適さを求めることによって、心の中に長続きする満足感を得ることはできないという点で、すべての宗教が同じ意見を持っています。もしそれが可能であるとしても、今では人口が非常に多いため、地球もそう長くは私たちを養っていくことはできないでしょう。それよりも、ただシンプルに、心の平和を楽しむ実践をする方がずっとよいと思います。地球を自分のものにしようとして、その過程で生命の美しさを破壊してしまうより、皆で一緒に地球を共有して、大切にする方がよいでしょう。

自然環境に適合した古代の文化は、環境とバランスをとりつつ存在する人間社会をつくるために、特別な知識を与えてくれます。たとえば、チベット人はヒマラヤ高原の生活に馴染んでいる特別な民族です。その土地の繊細な生態系を克服したり破壊したりせず、大切にするという文明が長い歴史の中で進化してきました。チベット人は野生動物の存在を自由の象徴として長い間尊重してきましたし、自然に対する深い畏敬の念は、多くのチベットの芸術や儀式の中に明らかに存在しています。物質的な進歩は限られていましたが、精神的な進歩は繁栄したのです。突然の環境変化には、生物の種が適応できないことがあるように、人間文化に対しても、生き残ることを確実にするためには、特別な注意を払い、大切に扱う必要があります。したがって、その民族にとって有益な生活方法を学び、文化遺産を保護することは、環境を大切にする学習の一部となるのです。

私は常に、善良な心を持つことの価値について説明する努力をしています。善良な心という人間性のシンプルな側面は、大きな力に育てることができます。善良な心と智慧があれば、あなたは正しい心の動機を持ち、しなければならないことを自然に成し遂げることができるようになるのです。すべての人が、誰に対しても本物の慈悲の心に基づいて行動するようになれば、お互いを守り、自然環境を保護することはまだ可能です。将来に予期される、住みにくく不可解な環境条件に適応するよりも、この方がずっと簡単だと思います。

今まで深く探求してきた結果、人間の精神、人間の心と環境は切り離せないほど密接につながっていることがわかりました。この意味で環境教育は、平和と長続きする共存のために、これまでの最高の条件を作り出すのに必要な理解と愛情を、ともに育む助けとなるのです。

EPA Journal EPA ジャーナル)からの転載:国内および世界的な環境の視点についての雑誌、アメリカ合衆国環境保護庁出版(ワシントンD. C)、(September/October 1991, vol. 17, Number 4

 

サイトマップ