インド、ジャンムー・カシミール州ラダック地方レー
今朝、法王公邸では、ダライ・ラマ法王82歳の祝賀式典が、法王と特別祈祷をするために集まった職員や法王付きの僧侶たちとともに、 伝統的な慣習に従って始められた。その後法王は、法王公邸からシワツェルの法話会場に徒歩で向かわれた。
法王は、ゲートの近くで法王の誕生日を祝うために集まったヨーロッパ人とインド人のグループをご覧になると、足を止められて、私たちの心をかき乱す煩悩を克服するために真剣に取り組み、より幸せで平和な世界を築くための行動を起こす必要がある、と話しかけられた。そして、煩悩を克服するための方法は、古代インドの知識の中に明確に述べられているので、今それを復興させる時が来た、と語られた。
法話会場の演台に着かれると、法王は集まった大勢の人々に挨拶をされ、世界中のさまざまな地域で多くの友人が誕生日を祝ってくれていることを聴衆に伝えられた。そして、「皆さんの友情に対して、今日ここに集まってくださった全ての方々に感謝いたします」と述べられた。法座に座られた法王は、長寿祈願法要は如意輪白ターラー菩薩の儀軌に基づいて執り行われ、私自身も長生きできるよう祈ると伝えられた。
法王に捧げる長寿祈願法要の進行とともに、ティクセ・リンポチェによって法王にマンダラ供養が捧げられ、前ガンデン僧院座主リゾン・リンポチェが金剛阿闍梨の役目を果たされた。終盤に近づくと、法王への供物が捧げられるなかで、聴衆席の中央に設けられたステージの上でンガリ地方の衣装に身を包んだチベット人たちが法王への礼讃の歌を歌った。それは「雪国チベットの仏教は、ダライ・ラマ法王がおられる限り衰退することはない」という意味の歌で、それに続いて吉祥の偈頌が唱えられた。
短い休憩の後、祝賀式典が再開された。法王はステージの前に降りて聴衆に挨拶をされ、肘掛け椅子に座られた。そして全員が起立し、チベットとインドの国歌を斉唱した。
ラダック仏教協会のティンレー・ツェワン会長が法王を出迎えてご来訪に感謝し、法王に記念品を献上した。そして、ここに集まった全員が法王のご長寿を祈っていると述べた。法王は大きなケーキをカットされ、小さく切り分けられたケーキが主賓の方々に配られた。
その後、亡命チベット代表者議会議長ソナム・テンペル氏、前ガンデン僧院座主、ラダック自治山間開発会議議長、そのほかのゲストが次々にスピーチを行った。
幕間の催しでは、チベット子ども村(TCV)レー校の生徒やラダックの女性たちが、歌と踊りを披露して会場を盛り上げた。
中央チベット政権のロプサン・センゲ主席大臣は、スピーチに先立ち、法王と他の著名な主賓たちへの敬意を表した。
「以前チベットの僧院や宗教施設は破壊され、故パンチェン・ラマが7万言の意見書で示されたように、中国共産党はチベットのアイデンティティと仏教の伝統を消し去ろうとしました。彼らは勝利したと思いましたが、チベットで保持されてきたナーランダー僧院の大乗仏教の伝統は、法王のご尽力により、チベットで繁栄し続けています。今では世界中の人々がそのことを認識しており、現代の科学者たちでさえ仏教の教えに関心を寄せています。私たちは祖国を失いましたが、法王は数多くの国際的な指導者たちに会われ、チベット問題を世界に広く知らしめてくださいました。今日は、法王のご長寿を祈願するだけでなく、法王が助言されたことを私たちが実践するという決意をここで新たにしましょう」
「チベット人、中国人の両者にとって相互に利益をもたらす可能性を秘めた、私たちの中道のアプローチが持つメリットを、中華人民共和国が検討してくれることを願っています。ダライ・ラマ法王は、世界の希望の光であり、チベット人の命であり魂です。法王のご長寿を心より祈願いたします」
続いて、法王が心血を注がれた現在進行中の長期プロジェクトの進捗として、2巻からなる 『インド古典仏教の科学と哲学』の中国語版の刊行が発表された。この書籍には、法王が旗振り役となり、カンギュル(経典)とテンギュル(論書)から仏教科学と仏教哲学について解説された仏典が集められている。チベット語版はすでに出版されており、この書籍は順調にほかの言語への翻訳が進行中で、今日、中国語版が刊行されたことは画期的な出来事であった。
法王は、2万人を超すとみられる人々に向けてスピーチを行うために立ち上がられた。
「今日私たちは、私が多くの教えを授かった師である前ガンデン僧院座主リゾン・リンポチェ、そしてチベット人によって民主的に選ばれた政治的指導者であるロブサン・センゲ主席大臣とともにここにいます。亡命社会で私たちは議会を設立しましたが、その議長もここにいます。また私は、ラダック自治山間開発会議の最高責任者、地元在住のイスラム教徒の友人たち、一般市民のみなさん、そしてここに集まってくれたたくさんの学校の生徒たちを歓迎いたします。あなたたち、若い方々の顔を見ると嬉しくなり、私も若返ったように感じます」
「誰にも時間を止めることはできません。時は常に移り変わっていきます。過去は過去であり、変えることはできません。私たちができることは、過去の過ちから学ぶことだけなのです。しかし、未来は現在に依存しており、未来は若い世代のみなさんの手中にあります。今、若いあなた方は、より幸せな世界を築くために、知性を働かせ、あたたかい心を培うことにより、本来的に備わっている人間のよい資質を高めていかなければなりません。これは実現可能なことですが、努力が必要です」
「私の82歳の誕生日に大勢の方が集まってくださり、ありがとうございます。私への揺るぎない信頼をもって長寿祈願法要をしてくださったことにも心より感謝しています。さらに今日は、もう一つすばらしいご報告があります。2巻からなる『インド古典仏教の科学と哲学』の中国語版の刊行です。カンギュル(経典)とテンギュル(論書)は、その内容によって科学、哲学、宗教という三つのカテゴリーに分類することができますが、宗教に関する分野は仏教徒だけが実践するべきものです。一方で、すべての現象には、その現れかたと究極的な存在のしかたがあり、その二つは食い違っているということについて議論されているのが心の科学と哲学に関する分野です。これは、ナーランダー僧院の伝統の中で磨かれ保持されてきた知識であり、仏教徒でなくても関心を持つ人たちにとっては誰にでも有益な情報だといえます」
「中国は伝統的には仏教国でしたが、チベットと同じように、仏教が衰退した時期がありました。しかし、人々の心の中には仏教の教えが引き継がれてきたのです。今、中国では、仏教だけでなくキリスト教やイスラム教に対する関心も再び高まってきています。世界の約200カ国のうち、中国には、仏教徒だと宣言している人が約4億人もおり、今では最大の仏教徒人口を有する国となっています。この本の出版は、中国の人々にとって必ず役に立つと思います。翻訳者のジャムヤン・リンチェンのことは、彼が子供の頃から知っていますが、この大変な仕事をやり遂げてくれたことに対して感謝したいと思います」
「今日みなさんが私に示してくださった献身に感謝しています。そしてチベット本土の多くの人々に対しても同様ですが、チベット本土の人たちは自分の気持ちを表現する自由がありません。もしあなた方が私のことをご存じなら、私がどのように考え、私が何を成し遂げようとしているのかも知っていていただきたいと思います。そしてそれが、あなたにとって実行する価値のあることだと思うならば、あなたにそれができる場所で、それを是非実行してください。
私には、自らに課した使命がありますが、まず第一に、私はひとりの人間として、今日生きている70億の人間のうちの一人であると考えています。私以外の人たちと同じように、私もまた幸せを望んでいます。現代の科学者たちは、基本的な人間の本質は思いやりであるということを実験結果として報告しています。私たちのネガティブな感情が与える悪影響について考えてみれば、私たちの家族、コミュニティ、世界を、より幸せで平和にするために、もっと思いやりの心を持つように努力しなくてはなりません。ですから私の第1の使命は、より思いやりのある世界を築くことにあります」
「第二に、仏教の実践者としての立場から言うならば、この世界には多くの宗教的伝統があり、神の存在を受け入れている宗教もあれば、神の存在を受け入れていない宗教もあります。神の存在を受け入れていない宗教の中には、独立した自我の存在を受け入れている宗教と、受け入れない宗教があります。しかし、これらすべての宗教的伝統は、愛、慈悲の心、忍耐、満足を知ること、自己規制といった共通のメッセージを伝えています。哲学的な見解は異なっていても、愛と慈悲の心を育むという共通の目的を共有しているのです」
「チベットでは、同じ仏陀の教えに従っているにも関わらず、それぞれの宗派の間には意見の相違がありました。しかし、すべてはナーランダー僧院の伝統に従っているという点では同じです。この宗派かその宗派かといった差別をすることは、無知であることを示すしるしです。小乗仏教なくして大乗仏教はありえませんし、私が “パーリ語の伝統”、“サンスクリット語の伝統” という言い方を好むのはそのためです。ですから、私の第2の使命は異なる宗教間の調和を促進することです」
法王は続けて、次のように述べられた。
「亡命社会に暮らすチベット人はわずか15万人で、600万人のチベット人の大部分はチベット本土で暮らしており、亡命社会のチベット人はナーランダー僧院の伝統を維持する責任があります。つまり、単に経典に依存するのではなく、論理的な考えかたに基づいて分析することに重きを置く伝統を維持していかなければなりません。これは科学と同じように、分析と論証に基づいたアプローチをとるものです。ナーランダー僧院が破壊されたあと、インドではその伝統が衰退してしまいましたが、チベットではそれが生きた伝統として現代に至るまで保持されてきました。その結果、今日では、この豊かな哲学的伝統を正確に説明するために最も適した言語はチベット語だということができるのです。この遺産はチベット人の誇りであり、今では中国国内でもチベット仏教を学ぶことに対する関心がますます高まってきています」
「しかしながら、ラダックの兄弟姉妹の皆さんも含めて、自由な世界で生きている私たちは、厳密な学びを通して私たちの伝統と、科学、哲学、論理学の理解を維持していく努力をする責任があります。みなさん、今日はどうもありがとうございました」
最後にラダック仏教協会を代表して、事務局長が法王に感謝の言葉を述べた。法王の82歳の誕生日に対して改めて祝辞を述べた上で、法王がラダックを訪問され、このめでたい日をラダックの人々とともに分かちあってくださったことに深い感謝を捧げた。さらに、法王が長寿祈願法要を快く受けてくだったことに対しても感謝の言葉を述べた。そして、この日のイベントを成功させるために貢献してくれた方々すべての人々に謝意を表し、法王の崇高な志が円満に成就されるよう願って、終わりの言葉とした。
法王はシワツェルの法王公邸へ車で戻られ、そこで招待客とともに昼食を楽しまれた。