続いて法王は、2004年に平和を願って植樹された菩提樹がある沖縄菩提樹苑を訪問された。法王は2009年の11月4日にも沖縄菩提樹苑を訪ねておられ、聖なる木の傍らに平和祈願の苗木を植樹された。法王はその際、「あらゆる事実を考慮し、智慧と慈悲の双方を用いて取り組むならば、暴力に頼らずとも世界中のあらゆる問題を解決することができます。私の願いは、平和と調和があまねく世界に広がることです」と色紙に書かれている。
今回の訪問では、法王は次のようなメッセージを書かれた。「過去の歴史は、暴力によって問題を解決することはできないということを明確に物語っています。21世紀において平和を実現するには、平和的対話の道を選ぶ以外に方法は残されていません。そしてこれが、慈悲と勇気の双方をもって取り組み、互いに利益となる道を求めていかねばならない理由です。」
法王は、集まった人々に向けてこのようにメッセージを書かれた理由を説明され、対話の重要性を語られた。そして沖縄戦で亡くなった人々を含め、20世紀の戦争によって2億人を超える人々が命を落としたと言明する歴史学者がいる事実を指摘された。
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ひめゆり平和祈念資料館をご訪問中のダライ・ラマ法王。第二次世界大戦末期の11月、沖縄戦に動員された数百名の生徒と職員がこの地で悲劇的最期を遂げた。2012年11月11日、沖縄(撮影:チベットハウス・ジャパン)
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「私たちは過去の記憶を土台とし、21世紀を対話の世紀とすることができるように努力していかねばなりません。21世紀を、平和の世紀としなければならないのです。平和は、祈りによって叶えられるものではありません。平和は、行動することでしか実現できないのです。ですから若い世代の方々には、この目標を実現するにはどうすべきかよく考えて取り組んでいただきたいのです。」
続いて法王は、短い時間であったが、ひめゆり平和祈念資料館を訪問され、展示をご覧になられた。その展示は、地元女学校の生徒と職員が沖縄戦で経験した悲劇を語り継ぐことによって世の人々に世界平和の大切さを訴えようとするものであった。合わせて240名の職員と生徒のうち、227名が戦没した。
同日午後、法王は県庁所在地である那覇市の沖縄県立武道館に到着された。会場には5,000人を超える人々が、「困難を生き抜く力 未来を生きる青年に語る」と題された法王の特別講演を聴くために集っていた。
法王のご講演に先立ち、地元の伝統芸能家による美しい沖縄の伝統舞踊が二つ続けて披露された。聴衆は、沖縄独自の伝統衣装と頭飾りをつけて踊る女性たちの繊細な動きにすっかり魅了されているようだった。
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ご講演の前に沖縄独自の伝統舞踊をご覧になるダライ・ラマ法王。2012年11月11日、沖縄(撮影:チベットハウス・ジャパン)
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法王は講演の冒頭で、人間のよき本質を高めること、そして異なる宗教間の調和を促進することを生涯の使命としておられることについて語られた。また法王は、三つ目の使命であった政治的役割については、2011年に退かれたことについても述べられた。
法王は、20世紀の科学技術の進歩によってもたらされた社会の発展が、経済であれ、その他の分野であれ、いかに大きなものであったかを指摘された。物質的充足は容易に手に入るようになった。しかしこれは、人々が心の平和を手に入れたということではない。ストレス、不信、孤独は現代社会の悪い症候である。軍事兵器の破壊力は大幅に強化された。核兵器によってもたらされる自然環境への悪影響も考慮しなければならない。
法王は、講演の途中でステージを歩まれ、次のように述べられた。「人類の英知ゆえに、私たちは紛争が起こる可能性といつも隣り合わせています。利害や見解の相違によって争いが生じそうな時は、平和を導く方法をみつけなければなりません。これは対話によってのみ成し遂げられることです。」
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5,000人を超える聴衆に向けて、講演をされるダライ・ラマ法王。2012年11月11日、沖縄(撮影:チベットハウス・ジャパン)
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法王は、「平和は、努力なしにはやってきません」と述べられると、若い世代に向けて、21世紀を対話と平和の世紀とする責任を担っていることを忘れないで欲しい、と助言された。21世紀になって12年が経過したが、まだ88年残っている。法王は、過去から学ぶことはできるが、それよりも大切なのは未来について考えることであり、いかにしてより平和で幸福な世界を築いていくかを考えることが大切である、と述べられた。そのためには未来への展望を持つことが大切である。展望を打ち立てるには現実的でなければならない。となれば、問題を一つの方向からだけでなく、あらゆる角度から検討することが重要となる。とはいえ、効果的な分析を行なうには心が平静でなければならない。仏教徒が“分析的瞑想”と呼んでいるものは、これに相当する。
さらに法王は、怒り、憎しみ、疑惑、恐れといった破壊的感情(煩悩)をよき感情へと転換することによって心の平静を得る方法を丁寧に説明された。このような方法を普遍的なものとするには、信仰を持つ者も持たない者も同様に尊重するような世俗的な倫理観が最も大切であるとも述べられた。
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講演会で、ダライ・ラマ法王に質問をする聴衆。2012年11月11日、沖縄(撮影:チベットハウス・ジャパン)
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質疑応答に入ると、法王には数名の質問に答える時間しか残されていなかったが、会場の通路にはたちまち長い列ができた。
科学技術によって、これまでになく個人同士が繋がっている社会で幸せを探求することについて意見を求められると、法王は、五感を通して得られる感覚的な幸せを満たすだけの物質主義的な生活には重きを置いていないとして、次のように述べられた。「真の幸せは、心を訓練することによって生じるものであり、五感を通してもたらされるのではありません。」
さらに法王は、世界中の科学者たちが「心の訓練」という分野で研究を実施していることについて述べられた。その中で法王は、心の訓練によって培われた感情は、自然に、あるいは生物学的に生じた感情と比較すると、はるかに確かで安定したものであることを強調された。そして最後に、感情にうまく対処するには、“心の地図”を見るように私たちの心を論理的に理解することが重要である、と述べられて、講演を締めくくられた。
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11月12日の朝、法王は記者会見を行なわれた。
その冒頭で法王は、生涯にわたる二つの使命について手短に語られた。第一の使命とされている人間のよき本質を高めることに関連して、法王は、記事や社説というかたちで大衆のよき本質を養うという点で、メディアも重要な役割を担っている、と語られた。人生はお金が全てと思わせるようではいけないし、法王が“現代社会の癌”と呼んでおられる腐敗を招く欲望が世界中に蔓延してきたことを遺憾に思う、と述べられた。
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沖縄をご訪問中に記者会見を行なわれるダライ・ラマ法王。2012年11月11日、沖縄(撮影:チベットハウス・ジャパン)
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チベット本土で相次いでいる焼身抗議について質問が挙がると、法王は、2011年以降は政治的責任を完全に退かれていることを説明された。しかしながら、焼身抗議はより大きな問題が表面化した症状なので、その原因を中国政府が調査することが大切であると思う、とお気持ちを表明された。残念ながら、中国政府はそのような努力をせずに常に短絡的な方法を採り、チベット本土の問題は全て法王をはじめとする亡命チベット人が引き起こしたものとして非難し続けている。それが問題解決に役立つのであれば結構であるが、実情は違う。2008年にチベットで平和的抗議が行なわれて間もなく、温家宝首相は、この危機的状況はインドから始まった、と非難した。これに対してチベット亡命政府側は、直ちに中国政府の関係者をダラムサラに派遣して、ダライ・ラマ法王が最近チベットから亡命してきた人々に話された内容の全記録をはじめとするあらゆる記録やファイルを調査して事実を明らかにするよう要請したが、中国政府はこの求めに一度も応じていない。中国当局が、法王および亡命チベット人が焼身抗議を扇動している、と非難した際も同様に、法王は中国政府の関係者に対し、ダラムサラに来て調査を行なうよう呼びかけられている。
法王は、中国について、中国の13億の人々は何が正しく、何が間違っているかを判断する能力を持っているのだから、中国政府による検閲制度は倫理に反している、とした上で、中国の司法制度については国際的な基準に引き上げる必要がある、とお気持ちを表明された。
最後に法王は、中国・日本間の島をめぐる論争について次のように語られた。「これは政治的な問題ですから、答えるのは難しい状況にあります。私はこの島の場所や名前すら知らないのです。しかし、横浜で記者会見を行なった後、中国の報道機関は、私がこの島を中国名ではなく日本名で呼び、日本を擁護した、と報じました。これは完全なる虚偽でしょう! 中国は日本を必要とし、日本は中国を必要としています。それが現実であり、より大切なことなのです。問題を解決するには、あなた方が対話を行なわねばなりません。」
法王は、沖縄の招聘委員会のメンバーと昼食を召し上がられた後、飛行機で東京に戻られた。
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法王は、明日(13日)の午前中、「普遍的責任と人間の価値」と題して東京で講演を行なわれる。そして午後は、1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進博士と「癒しに関する古代と現代の智恵 身体と心のバランス」と題して心の科学についてパネルディスカッションを行なわれる。